同年代くらいに見えるその少年は、睨みつけるような視線を通りすがりの人々に向けている。
俺は何となく嫌な予感を覚えたものの、あることに気づいて「あれ……?」と声を漏らす。というのも、その人物に見覚えがあったからだ。
(あいつ……もしかして、タイムリープ前の世界で俺を脅して財布を奪った奴じゃないか……?)
そうだ……確か、こいつは同じ学校の生徒だったはずだ。学年が違うから顔は知らなかったが、その時はうちの学校の制服を着ていたからすぐに分かった。
あの時とは出会うタイミングが違うが……やはり、避けられない運命なのだろうか。こうして、再び彼に遭遇してしまった。
彼はあの時と同じように荒々しい態度のまま近づいてくると、俺たちの前で立ち止まった。
「……なあ、ちょっといいか?」
その一言で、嫌な予感は確信へと変わる。
「え……? だ、誰……?」
世羅は突然声を掛けてきた少年を警戒するように、後ずさりしつつ俺の後ろに隠れた。不安そうな世羅の声に、俺はどう答えたものかと頭を悩ませる。
(確か、こいつの名前は……小林だったか。世羅を巻き込むわけにはいかないし、なんとか逃げないと)
「すみません。急いでいるので……」
嫌な思い出を持つ相手とは、なるべく関わらないに越したことはない。
そんなことを考えながらも世羅の手を引きながら立ち去ろうとすると、彼は苛立ったように舌打ちをした。
「おい、待てよ」
小林がそう言いながら俺の肩を掴んできたので、思わず振り払おうとする。次の瞬間──彼は、物凄い力で俺を壁に叩きつけた。
「ぐっ……!」
衝撃と共に、背中に鈍い痛みが走る。突然のことに驚きながらも顔を上げると、目の前に小林の顔があった。
俺は胸ぐらを掴まれながらも、更に近くなるその顔を睨む。
「なんで無視すんの? 俺は、ただ金を貸してほしいだけなんだけど」
「いや、貸せるほど持ってないって……」
絞り出すような声でそう返すと、小林は小馬鹿にするように笑った。
「別に、金額なんてどうでもいいんだよ。今、ある分だけでいいから貸してくれよ。頼むわ」
(駄目だ、こいつ……話が通じない)
あの時と全く同じだった。小林は、狂ったような目つきのまま詰め寄ってくる。
下手に刺激をしてしまえば、何をされるか分かったものではない。ここは慎重に対処しなければ……。
「てかさ、お前……ちょっと前に学校で噂になっていた一年生だろ? クラスメイトの女子に痴漢したとかで問題になってたけど、結局濡れ衣だったんだってな。でもさ……本当は、やっていたんじゃねーの?」
その挑発的な言葉に、俺は思わず頭に血が上ってしまった。
「……いい加減にしろよ。これ以上脅しをかけるなら、警察を呼ぶからな」
俺が睨みつけると、小林は鼻で笑うように言った。
「は、警察? 無駄だって。うちの親が揉み消すから」
それを聞いて、ふと二条と小日向が言っていたことを思い出す。
そういえば……あの二人、一度目のタイムリープの時に「うちの学校の生徒が悪さをしているのが目撃されていて、苦情も来ているけど何故か警察沙汰になっていない」という話をしていたな。まさか、小林のことだったのか……?
そう考えると、合点がいく。同時に、俺の中である記憶が蘇った。
(……そうだ、思い出した。当時、小林は強盗事件を起こしたんだ。流石にそれはこいつの親も揉み消せなかったみたいでニュースになっていたな)
被害者は、確か老夫婦だったはずだ。幸い命に別状はなかったみたいだが、鉄パイプで殴られて重症を負ったのだという。
そう気づいて改めて小林を見ると、深い憎しみを覚える。彼を許す気には到底なれなかった。
「……そんなに金が欲しいなら、バイトでもなんでもしろよ」
俺がそう返すと、彼は「はぁ?」と馬鹿にしたような声を漏らすだけだった。
「そんなもん、怠くてやってられっかよ。それに……バイトなんて所詮、誰にでもできる簡単で単調な仕事ばかりだろ?」
開き直ったかのようなその言葉に、俺は無性に腹が立った。
「じゃあ、小遣いだけで我慢しろよ。親が事件を揉み消せるくらいの権力者なら、たくさんもらっているんじゃないのか?」
苛立ちを覚えながら問いかけると、小林はニヤリと笑った。
「ああ、もらっているよ。毎日好きなもん食えて、不自由なく遊べるくらいにはな」
「は……? じゃあ、なんで……」
意味が分からず言葉を失っていると、小林は怒号を上げた。
「そんなこと、お前には関係ないだろ!?」
小林は俺を壁に抑えつけると、胸ぐらを掴む手にますます力を込めてきた。俺は思わず咳き込みそうになる。小林の顔は、赤くなるほど怒りに満ちていた。
(思い出せ……こいつの犯行動機は一体何だった……?)
そう考えた瞬間、再びタイムリープ前の世界で見たニュースのことが頭に浮かんだ。
(そうだ……! 確か、小林は育った家庭環境が複雑だったな。そこそこ金持ちで何不自由ない生活をしていたけれど、両親が不仲でいつも心が満たされていなかったんだ)
つまり……彼は孤独感や空虚感を紛らわすために万引きや恐喝などをしていたのだ。それに、構ってもらいたいという気持ちもあったのだろう。やがて、それがエスカレートしてあんな事件を起こしてしまったのだ。
今思えば──いわゆる闇バイトの先駆けのような事件だった。小林はSNSのDMを通して指示を受けたと言っていたが、結局指示役が特定されなかったから有耶無耶になってしまったのだ。