観覧車が頂上に近づく頃。世羅は、立ち上がって窓の外を覗き込むようにしながら景色を楽しんでいた。
「ねえ、湊君。見て! あっちの方まで見渡せるよ!」
「おお、本当だ。海も見える」
世羅の無邪気な声に微笑みながらも、俺は内心冷や冷やしていた。観覧車の中はそこまで広いわけではない。動き回るには少し狭いのである。
「世羅、あんまり動き回ると──」
俺が言い終わる前に、観覧車が微かに揺れた。
「あっ……」
その瞬間、世羅がバランスを崩し、俺の方へ倒れ込んできた。
「え……」
反射的に、世羅を支えようと手を伸ばすが──予想以上に勢いがあり、そのまま背もたれに押し付けられる。世羅は俺の胸元に顔をうずめるように倒れ込み、俺は彼女の肩と腰を支える形になってしまった。
その瞬間。手に伝わってきた柔らかい感触と花のような甘い香りに、俺は思わず硬直してしまう。
「あっ……」
不意に顔を上げた世羅と、至近距離で目が合う。紅潮した頬が、妙に色っぽい。その大きな瞳に見つめられた俺は思わず息が止まりそうになった。沈黙が流れる。
外では、暑苦しく感じられるほどの蝉の鳴き声が響いていたが──そんな音も気にならないほど、俺は目の前の少女に意識を奪われていた。
「わっ……! ご、ごめん!」
世羅は慌てて体を起こそうとしたものの、さらに足を滑らせてしまい──再び、俺に密着する形になってしまった。
「お……落ち着いて。世羅」
俺もどうしていいか分からず必死に世羅を支えるが、狭い観覧車の中では身動きが取りづらい。
「ごめんね! 本当にごめん! いつもは、こんなにドジじゃないのに……!」
世羅は顔を真っ赤にしながら体勢を立て直すと、ようやく俺から少し離れた。だが、まだ完全には平静を取り戻せていないようだ。
「いや、怪我がないなら良かったよ。でも……ちょっと驚いたな」
俺がなんとか場を和ませようと笑ってみせると、世羅は申し訳なさそうに眉尻を下げながらも、ほんの少しだけ笑顔を見せた。
「……湊君、優しいね。私、やっぱり迷惑ばかり掛けている気がする……」
「そんなことないって。むしろ、こういうハプニングがあった方がいい思い出になるかもしれないだろ?」
俺の言葉に、世羅の表情が一気に柔らかくなった。
「うん、そうだね。湊君と一緒なら、どんなことでも楽しく思えるかも……」
ふと漏れた世羅の言葉に、心臓が一瞬ドキリと跳ねる。彼女も自分が言ったことに気づいたのか、頬を赤く染めながら窓の外に視線を移した。
「あ……えっと……ほら、もうすぐ下に着くよ。景色、最後にしっかり見ておいたほうがいいんじゃないかな?」
「う、うん! そうだね!」
窓の外を見つめる世羅の横顔をちらりと見ながら、俺は先ほどの感触と彼女の言葉を思い出していた。
(今回のタイムリープで告白がうまくいったら、今度こそ未来で世羅と結婚できるんだろうか……)
早計だと思いつつも、ついそんなことを考えてしまう。
地上に戻るまで俺の心は落ち着くことがなく、どこか期待と不安が入り混じったような感覚を抱え続けていた。
観覧車を降りた後も、俺と世羅は色々なアトラクションに乗った。
お化け屋敷ではお互いに怖がっていると思われるのが悔しくて張り合おうとしていたし、コーヒーカップでは勢い余って早く回しすぎてしまい目を回してその場にしゃがみ込んでいた。
他にも──メリーゴーランドに乗ったり、ジェットコースターに乗って大声で叫んだりと、本来の自分がとっくに成人していることも忘れて年甲斐もなくはしゃいでしまった。
そんな夢のような時間を経て、俺たちは日が落ち始めた夕暮れに遊園地から出た。
帰路につく間、俺たちは和やかな雰囲気に包まれていた。お互いに別れの時間が近づいていることを悟りながらも、それができる限り先のことになるようにと口にはしないまま他愛のない話を続けていた。
地元の駅に着くと、俺は世羅を送っていくために住宅街へと続く道を彼女とともに歩いていく。そんな中、ふと前方から目つきの悪い人物が歩いてくることに気づいた。