翌日。学校に行くと、世羅が教室のドアの近くに立っていた。もしかしたら、俺に何か用があるのだろうか。
「おはよう、世羅。どうしたの?」
そう声をかけると、彼女は少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらも答えた。
「あ、おはよう! 湊君。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「勿論、いいけど……何かあったの?」
「その……この間、バイト中に沢山迷惑かけちゃったし、感謝の気持ちを伝えたくて……だから、その……週末、どこかへ遊びに行かない? よかったら、ご飯とか奢らせてほしいんだけど……」
世羅の言葉に、一瞬呆気にとられる。まさか、彼女のほうからデートに誘ってくるとは思っていなかったからだ。
「遊びに行くって……二人でだよね?」
「う、うん……。迷惑だったらいいんだけど……」
世羅は頬を赤く染めながらも、しきりに視線を泳がせている。その様子を見て、俺は自然と笑みがこぼれた。
「そんな……迷惑なんてとんでもない。むしろ、嬉しいよ」
「本当!? じゃあ、決まりだね!」
世羅に明るい笑顔が戻る。その笑顔を見ていると、ここ最近の不穏な出来事を忘れられる気がした。
そして、週末。
指定された待ち合わせ場所で待っていると、世羅が少し遅れてやってきた。カジュアルな服装ではあるものの、いつもと違って髪を軽く巻いており、メイクもばっちりしている。その姿は、そこらのアイドル顔負けの華やいだ雰囲気を醸し出していた。
「お待たせ! ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「いや、全然大丈夫だよ。それにしても……なんか、いつもと雰囲気が違うね」
「えっ!? そうかな? もしかして、変……かな?」
世羅はそう尋ねながらも、不安そうに自分の服を整える仕草をする。
「いや、そんなことないよ! 凄く似合っているし、いい感じだ」
俺が慌ててそう返すと、世羅の顔が少し赤くなる。
「そ、そう? なら、良かった……」
そのやり取りだけで、今日は良い日になりそうだと感じた。
(前回は、夏祭りが終わった後に告白する流れになったけど……今回は、どうなるんだろう)
自分で言うのもなんだが……正直、一度目のタイムリープの時よりも世羅の好感度がより一層上がっているように感じる。告白に至るまでの下地は、既にばっちりと整っているのではないだろうか。
(いや……調子に乗るな、俺。前回成功したからといって、今回も同じように成功するとは限らない。急いで告白して、玉砕したらどうするんだ……?)
先走りしそうだった思考を押し留め、俺は世羅とともに歩き出した。
「湊君は、どこか行きたい場所とかある?」
歩きながら、世羅はそう問いかけてきた。
「世羅に任せるよ」
俺はそう答えると、肩を竦めた。元々陰キャなだけあって、女子と二人で遊びに行く経験なんてなかったのだからどういった場所が喜ばれるのかもよく分からない。だから、彼女に全てを任せてしまいたいと考えたのだ。
「うーん、そうだなぁ……じゃあ、遊園地とかどうかな?」
世羅は軽く握った手を口元に当てながら答える。
勿論、彼女の提案を断る理由はないので俺は「じゃあ、そうしよう」と二つ返事で承諾した。それを見て、世羅は嬉しそうに頷く。
それから俺たちは電車を乗り継ぎ、遊園地へと向かった。
世羅がリクエストしたテーマパークにやって来ると、予想よりも人が多く混雑していた。
とはいえ……二人で会話をしながらアトラクションの順番待ちをしている時間もそれはそれで楽しいし、世羅と一緒に居られるならなんでもよかった。
「湊君! 私、あれ乗りたい!」
彼女が指さしたのは、高くそびえ立つ観覧車だった。
「観覧車か。いいね」
俺たちは、早速列の最後尾に並んだ。順番が回ってくると、観覧車に乗り込む。
ゆっくりと景色が広がり始める。上に上がるにつれて、テーマパーク全体が見渡せるようになった。それを見た世羅は、窓の外に顔を近づけながら興奮した声を上げた。
「わあ、すごい! 湊君、見て!」
「本当だ。すごいな。こうして見ると、結構広いんだなぁ」
彼女の無邪気な笑顔を見ていると、不思議と心が穏やかになる。こんな風に笑顔でいてくれるなら、俺はどんな未来でも変えるために努力しようと思えた。
不意に、世羅が俺のほうを見つめてきた。
「湊君。本当にありがとうね。モモが迷子になった時もそうだったけど……最近、ずっと助けてもらってばかりだったから。だから、こうやって改めてお礼を言いたかったの」
「あ……いや、そんなこと全然気にしないでいいのに。友達が困っている時に助けるなんて当たり前のことなんだからさ」
「でも……私にとってはすごく大きなことだったんだよ」
彼女の真剣な瞳に、思わず照れてしまう。
「その……俺、腕っぷしが強いわけじゃないから、いざという時に頼りないかもしれないけどさ。こう見えて、結構友情には厚いんだ。だから、これからも自分なりに世羅を助けていきたいっていうか……支えられたらいいなと思っているよ」
俺がそう宣言すると、彼女は少しだけ潤んだ瞳を指先で擦った。そして、「うん!」と大きく頷く。
その仕草に、俺は思わずドキッとしてしまう。
「……ありがとう、湊君」
観覧車がゆっくりと降りていく中、俺達は照れたように微笑み合った。