孝輝が運ばれたという総合病院に着くと、俺は受付で彼の名前を出して病室の番号を聞いた。
教えてもらった病室に向かいドアを開けると、そこには神妙な面持ちの紗菜さんと凪沙の姿があった。凪沙は俺に気づくと、「あ……湊君!」と声を上げた。
俺は凪沙の隣に立つと、ベッドに横たわる孝輝に視線を向ける。孝輝は、頭や腕に包帯を巻いていた。意識はあるようだが、どこかぼんやりとした表情を浮かべていた。
「孝輝……大丈夫か……?」
恐る恐る声を掛けると、彼はゆっくりとこちらを見た。そして、小さく口を開く。
「ああ、うん。大丈夫だよ。そんなに心配すんなって」
「そ、そうか……」
思ったより元気そうな様子に安堵しつつも、俺は何とも言えない不安に襲われる。それは凪沙も同じようで、不安そうに瞳を揺らしているのが分かった。
「……なあ、湊」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、孝輝がじっと俺のことを見つめていた。
その眼差しからは、普段のおちゃらけた雰囲気が微塵も感じられない。何か、思うところがあるようだ。
俺は「どうした……?」と尋ね返した。すると、彼は「いや……ごめん、何でもないよ」と小さく首を振った。
そんな孝輝を見て、紗菜さんが「ごめんね、二人共。わざわざ来てもらっちゃって」と声を掛けてきた。
「あ、いえ……俺たちなら別に構わないんですけど……」
そう言いながら、ちらりと孝輝の顔を見る。やはり、彼の様子はどこかおかしかった。
(さっき、孝輝は何を言いかけたんだ……?)
俺は思わず首を捻る。すると、紗菜さんが「本当にありがとう」と微笑みながら言葉を続けた。
「せっかく来てもらったのに、大した話もできなくて申し訳ないんだけど……今日のところはこれで帰ってもらえるかな? 孝輝、疲れちゃったみたいだし」
紗菜さんが申し訳なさそうな口調で言う。その言葉に俺と凪沙は互いに顔を見合わせたものの、こくりと首を縦に振った。
「分かりました。孝輝のこと、よろしくお願いします」
俺はそう言うと、会釈をして凪沙とともにその場を後にした。
「一体どういうことなんだろう……」
病室を出た途端、凪沙がぽつりと呟いた。その言葉に、俺は首を傾げる。
「え……? どうしたの?」
「実は、さっき孝輝君がぼそっと言っているのが聞こえてきたんだけど……なんだか気になって仕方なくて」
聞けば、俺が病院に到着する少し前に何やら孝輝が気になる発言をしていたらしい。不意に独り言のように呟かれたその言葉に、凪沙は言いしれぬ不安を感じたようだ。
「それで、なんて言っていたの……?」
固唾を呑みつつも問いかけると、凪沙は躊躇いがちに答えた。
「もしかしたら、聞き間違いかもしれないんだけど……『ブレーキが効かなかった』って……」
「え……? ブレーキが効かなかった……?」
俺は思わず言葉を繰り返した。にわかには信じ難い話である。だが、先ほどの孝輝の様子を思い起こすと冗談を言っているとも思えず……俺は、自然とその先を促していた。
「ブレーキって……つまり、孝輝が乗っていた自転車のブレーキが効かなかったってこと……?」
「うん。多分そうだと思うんだけど……これって結構まずいんじゃないかな……」
凪沙も俺と同じ結論に至ったらしく、不安そうな表情を浮かべる。
言わんとすることは分かった。誰かが孝輝の自転車に細工をしたからブレーキが効かなかったのではないか? というのが彼女の疑念なのだろう。
「孝輝君、少なくとも数日前までは普通に自転車に乗っていたよね……? 急にブレーキが効かなくなるなんて、どう考えても不自然じゃない……?」
凪沙の話を聞きながら、俺は顎に手を当てて思案に耽る。
確かに、彼女の言う通りだ。数日前までは問題なく乗れていたのだから、何らかの工作が施されていたと見るほうが自然だろう。でも……一体誰がそんなことをしたのだろうか?
(まさか、あの迷惑客たちか……?)
そう考えた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。