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33.決意

 俺は慌ててホールに出ると、世羅の側まで歩み寄り男たちに声をかける。


「ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません。すぐに交換いたしますね」


 俺は頭を下げると、波風が立たないよう丁寧に対応する。

 しかし、男たちはそれが気に食わなかったのか「は?」と威圧的に睨んできた。


「いや、だからさぁ! なんでアンタが謝るわけ? オーダーミスしたのはこの女なんですけど」


「あ……えっと……」


 困惑している世羅の前に出ると、俺は再び深く頭を下げた。


「私は、彼女の教育係を担当しております。何分、新人ですので皆様方に失礼があったこと、まずは私から謝罪させてください。誠に申し訳ございませんでした。その上でお願いですが……」


 相手が言い返す暇も与えぬよう、早口で言葉を続ける。

 勿論、教育係なんて嘘八百だが、彼らの反応を見るに上手く信じてもらえたようだ。


「彼女も深く反省しております。ですから、どうかこの場はご容赦願えませんか?」


 長年のフリーター生活で培ったクレーム対応力をここぞとばかりに発揮しつつ、男たちに謝罪の言葉を紡ぐ。

 やがて彼らは根負けしたのか「ちっ……」と舌打ちをした後、代金を投げつけるようにテーブルの上へと置いた。


「もういいよ、行こうぜ」


 男たちはそのまま店を出て行く。

 どうやら、穏便に事を済ませることができたらしい。俺はほっと胸をなで下ろすと、世羅のほうに向き直る。


「大丈夫……?」


 尋ねると、世羅は絞り出すような声で「あ、ありがとう……湊君」と返した。

 その表情には、まだ困惑の色が浮かんでいる。俺はと言えば──平静を装ってはいたものの、予想外の展開にまだ心臓がバクバクとしていた。


「本当に助かったよ……私一人じゃ、どうしていいかわからなかったから……」


 世羅は呟くようにそう言った。俺は慌てて「気にしないでいいよ。それより、早く他のお客さんにも料理を持っていってあげないと」と返した。

 すると、彼女も「そうだね」と頷く。


(なんとか穏便に済ませることができたけど……これはちょっとまずいかもな……)


 先ほどの男たちの態度を見るに、今後も何かと因縁を吹っ掛けてくる可能性が高そうだ。もしかしたら、今回もまたSNSで晒された挙句学校を特定されてしまうかもしれない。

 そんな不安に駆られていると、不意に世羅が顔を覗き込んできた。


「……ねえ、湊君って本当に今までバイトしたことないの?」


「え? うん。一応、今回が初めてだけど……」


「そうなんだ。でも……さっきの湊君、何だか大人みたいだった。すごく格好良かったよ」


 世羅はそう言うと照れたように微笑んだ。その純粋な笑みに射貫かれたような気がして、思わず視線を逸らしてしまう。


(大人、か……実際、二十五歳の人間が高校時代にタイムリープしているわけだから間違ってはいないんだけど……)


 なんだか複雑な気分だ。子供の頃の俺は──未来の自分は、もっとちゃんとした大人になっていると思っていた。

 けれど、現実は違った。漫画家になる夢を諦め、かといって正社員として就職する気力もなく、気づけばフリーターとしてぶらぶらと何の目的もなく生きてきた。

 だから、俺は彼女が期待するような大人ではないのだ。


(一回目のタイムリープを終えて現代に戻ってきた時は、少しだけマシになって店長にまで昇格出来ていたけど……結局、漫画家になる夢は叶えられなかったんだよな)


 それに、親しい人たち──世羅や凪沙や孝輝は、あの世界では皆不幸になっていた。

 ほんの少し自分の立場や生活がまともになったからといって、誰も救えないのなら意味がない。

 ……そう、辛いことから目を背け続けている臆病な人間のままなのだ。根本的には、フリーターとして惰性で生きていた頃と何も変わっていない。


「じゃあ、行くね」


 そう言い残して厨房に向かった世羅の後ろ姿を見届けつつ、俺は大きく息を吐いた。


(でも……こうやってやり直しの機会を与えられたからには、今度こそ君に釣り合うような立派な男になってみせるよ)


 決意を新たにすると、俺は拳を握りしめた。


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