俺は慌ててホールに出ると、世羅の側まで歩み寄り男たちに声をかける。
「ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません。すぐに交換いたしますね」
俺は頭を下げると、波風が立たないよう丁寧に対応する。
しかし、男たちはそれが気に食わなかったのか「は?」と威圧的に睨んできた。
「いや、だからさぁ! なんでアンタが謝るわけ? オーダーミスしたのはこの女なんですけど」
「あ……えっと……」
困惑している世羅の前に出ると、俺は再び深く頭を下げた。
「私は、彼女の教育係を担当しております。何分、新人ですので皆様方に失礼があったこと、まずは私から謝罪させてください。誠に申し訳ございませんでした。その上でお願いですが……」
相手が言い返す暇も与えぬよう、早口で言葉を続ける。
勿論、教育係なんて嘘八百だが、彼らの反応を見るに上手く信じてもらえたようだ。
「彼女も深く反省しております。ですから、どうかこの場はご容赦願えませんか?」
長年のフリーター生活で培ったクレーム対応力をここぞとばかりに発揮しつつ、男たちに謝罪の言葉を紡ぐ。
やがて彼らは根負けしたのか「ちっ……」と舌打ちをした後、代金を投げつけるようにテーブルの上へと置いた。
「もういいよ、行こうぜ」
男たちはそのまま店を出て行く。
どうやら、穏便に事を済ませることができたらしい。俺はほっと胸をなで下ろすと、世羅のほうに向き直る。
「大丈夫……?」
尋ねると、世羅は絞り出すような声で「あ、ありがとう……湊君」と返した。
その表情には、まだ困惑の色が浮かんでいる。俺はと言えば──平静を装ってはいたものの、予想外の展開にまだ心臓がバクバクとしていた。
「本当に助かったよ……私一人じゃ、どうしていいかわからなかったから……」
世羅は呟くようにそう言った。俺は慌てて「気にしないでいいよ。それより、早く他のお客さんにも料理を持っていってあげないと」と返した。
すると、彼女も「そうだね」と頷く。
(なんとか穏便に済ませることができたけど……これはちょっとまずいかもな……)
先ほどの男たちの態度を見るに、今後も何かと因縁を吹っ掛けてくる可能性が高そうだ。もしかしたら、今回もまたSNSで晒された挙句学校を特定されてしまうかもしれない。
そんな不安に駆られていると、不意に世羅が顔を覗き込んできた。
「……ねえ、湊君って本当に今までバイトしたことないの?」
「え? うん。一応、今回が初めてだけど……」
「そうなんだ。でも……さっきの湊君、何だか大人みたいだった。すごく格好良かったよ」
世羅はそう言うと照れたように微笑んだ。その純粋な笑みに射貫かれたような気がして、思わず視線を逸らしてしまう。
(大人、か……実際、二十五歳の人間が高校時代にタイムリープしているわけだから間違ってはいないんだけど……)
なんだか複雑な気分だ。子供の頃の俺は──未来の自分は、もっとちゃんとした大人になっていると思っていた。
けれど、現実は違った。漫画家になる夢を諦め、かといって正社員として就職する気力もなく、気づけばフリーターとしてぶらぶらと何の目的もなく生きてきた。
だから、俺は彼女が期待するような大人ではないのだ。
(一回目のタイムリープを終えて現代に戻ってきた時は、少しだけマシになって店長にまで昇格出来ていたけど……結局、漫画家になる夢は叶えられなかったんだよな)
それに、親しい人たち──世羅や凪沙や孝輝は、あの世界では皆不幸になっていた。
ほんの少し自分の立場や生活がまともになったからといって、誰も救えないのなら意味がない。
……そう、辛いことから目を背け続けている臆病な人間のままなのだ。根本的には、フリーターとして惰性で生きていた頃と何も変わっていない。
「じゃあ、行くね」
そう言い残して厨房に向かった世羅の後ろ姿を見届けつつ、俺は大きく息を吐いた。
(でも……こうやってやり直しの機会を与えられたからには、今度こそ君に釣り合うような立派な男になってみせるよ)
決意を新たにすると、俺は拳を握りしめた。