ふと目を開けると、俺は見覚えのある場所にいた。
そこは、レストラン『Heart Reef』のバックヤードだった。目の前には、目をきらきらと輝かせながらこちらを見つめている世羅と凪沙がいる。
あの日──俺は、休憩室で二人に自分たちの絵を描いてほしいと頼まれた。そのお陰で、この地点にタイムリープすることが出来たのだ。
どうやら、既に絵は完成しているようだ。俺は手元のスケッチブックから視線を外すと、世羅と凪沙の顔を見やる。
「……よし、出来た」
そう呟くと、俺は二人にスケッチブックを差し出した。
「わぁ……!」
世羅は、感嘆の声を上げながらスケッチブックを覗き込んだ。凪沙もまた、前のめりになりながら目を輝かせている。
「湊君って本当に絵を描くのが好きなんだね! 絶対、将来プロの漫画家になれるよ!」
凪沙は興奮しつつも、まくし立てるようにそう言った。
「ありがとう……二人には言ってなかったけど、実は今、新人賞に応募するために作品を描いているところなんだ」
俺は頬をぽりぽりと掻きながらもそう答えた。
確か、一回目のタイムリープの時もこんなやり取りだったはずだ。正直、同じ会話をするのは複雑な気分だったが、何とかそれを悟られないように笑顔を作ってみせる。
「へぇ……そうだったんだ! すごい!」
凪沙がそんな声を上げたので、俺は「いや……」と微苦笑する。
そんな風にしばらく二人と会話をした後、休憩時間も終わったので各々仕事に戻ることにした。
そして──正午を過ぎると、徐々に店内が込み始めてきた。
(確か……あの三人が店を訪れたのは、これくらいの時間だったな)
そうやって身構えていると。前回と同じように、軽薄そうな外見をした三人の男たちが来店した。
間違いない。あの時と同じ奴らだ。そのまま彼らを注意深く観察していると、やがて注文が決まったのか手を挙げるのが見えた。
「私が行くから、湊君はレジの方をお願い」
前回と同じように世羅が注文を取りに行こうとしたので、俺は慌ててそれを止める。
「あ、待って! さっき来店したあのお客さん、実はまだ水を出していないんだ。世羅はそっちをお願いしてもいいかな?」
「え? でも、レジにお客さん並んでるよ? 私、まだレジのやり方教えてもらっていないし……」
「それは孝輝にやってもらうからさ。とにかく、世羅はあのお客さんに水を持っていってほしいんだ」
「う、うん……わかった」
世羅は怪訝そうな顔をしながらもそう答えると、手早く水を用意して出入り口近くの席にいる客の元へと向かっていった。
半ば強引だったものの、何とか世羅に別の仕事を振ることに成功したようだ。
(……でも、まだ終わりじゃない。何とかして、世羅をあの三人に近づけさせないようにしないと)
俺は世羅の背中を見送ると、すぐさま孝輝に声をかけてレジの対応を頼むことにした。
「孝輝。レジに客が並んでいるから、対応してくれないか?」
「ん? ああ、任せろ」
「それと……あそこに子連れのお客さんがいるだろ? あの人達、多分会計忘れてそのまま出ていくと思うから、席を立ったらすぐに声をかけてほしいんだ」
「は? お前、何言ってるんだよ……?」
まるで未来を予知しているかのような俺の発言に、孝輝は目を瞬かせた。
怪訝に思われたかもしれないが、一刻を争う事態だ。前回と同じように俺があの子連れ客を追って外に出れば世羅が例の三人と接触してしまうし、手段を選り好みしていられない。
「いいから、今は言う通りにしてくれ」
「わ、分かったよ……」
孝輝は渋々といった様子で頷くと、レジの方へと向かった。
俺はそれを見届けると、早足で三人の元へと歩み寄った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
そう尋ねると、男たちの中の一人が頷く。そして、メニュー表を指差しながら口を開いた。
「じゃあ……この『Aランチ』を三つで」
「かしこまりました」
(やっぱり、前回と同じものを頼むんだな)
心の中でそう思いながらも、俺は「少々お待ちください」と言って厨房に戻った。
それからしばらく別の客の対応に追われていると、やがて三人が注文した料理が出来上がった。俺は、それを三人のテーブルまで運ぶ。そして、「お待たせしました」と言いながらそれぞれの前に置いた。
世羅の時と同じようにわざと足を掛けられることを見越して身構えていたものの、何故か彼らは予想に反して何もアクションを起こさない。
彼らは、黙ったまま目の前に置かれた料理を見下ろしていた。
(あれ? おかしいな。なんで俺の時は足を引っ掛けてこなかったんだ……?)
そんな疑問を抱きながらも、別の客に呼ばれたので俺はその場を離れた。
注文を取り終えて厨房に戻ろうとすると、どういうわけか世羅が例の三人に話しかけられているのが見えた。