「なんでそんなこと言うの? 私たち、とっくの昔に別れたはずだよね……?」
「え……?」
全く予想もしていなかった返答に、俺は言葉を失う。そんな様子を察したのか、世羅は言葉を続けた。
「私と湊君は、もう他人でしょ?」
「ちょ、ちょっと待って! 何言ってるの……?」
思わずそう返すと、世羅が悲しげな様子で言った。
「それに……前も言ったでしょ? もう、私に構わないでって」
「いや……ちょっと待っ──」
俺の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。電話の向こうの世羅が強引にそれを遮ったからだ。
「とにかく、もうかけてこないで」
世羅がそう吐き捨てるや否や、ブツリと通話が途切れた。それと同時に、冷や汗が流れる。
(一体何が起きているんだ……?)
呆然としたままスマホの画面を見下ろせば、いつの間にかメッセージを受信していた。
『明日、時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど……』
そんな文面が凪沙から届いていた。俺は慌てて返事をする。
『大丈夫だけど……どうしたの?』
『ちょっと相談があって。じゃあ……明日仕事が終わった後、どこかで落ち合わない?』
『うん、いいよ』
そう返すと、凪沙は待ち合わせ場所に指定したカフェの地図を送ってくる。俺は礼を述べて会話を終えると、大きく息を吐く。
凪沙との仲はそれほど悪くなさそうだが……世羅との関係は、最悪の状況に陥ってしまっている。一体どうすればいいんだろう。
俺は、スマホを握ったまましばらくその場に立ち尽くしていた。
「……とりあえず、家に帰ろう」
このまま考え込んでいても仕方がない。ひとまず気持ちを落ち着けようと、俺は帰路についた。
アパートの前まで来たところで、ふと違和感を抱く。
「……あれ?」
部屋の窓から明かりが漏れている。家を出る前に電気は消してきたはずだから……まさか、泥棒か? そんな不安に駆られた俺は、慌てて部屋へと向かう。
すると、表札には別人の名前が書かれていた。次の瞬間、あることに気づく。
そう言えば……この世界での俺は、既に店長に昇格している。つまり、もっといい家に引っ越した可能性もあるのだ。
(えーと……俺の家はどこだ……?)
そう考えた瞬間。どういうわけか、自然と足が動き出した。しばらく歩いていると、俺はあるマンションに辿り着いた。
(ここだ……)
タイムリープ前に住んでいたアパートよりも、明らかにランクの高いマンションである。
どうやら、少しずつ九年分の記憶が補完されていっているらしく、今まですっかり忘れていたようなことも徐々に思い出し始めていた。
けれど──相変わらず世羅と自分が別れてしまった理由は思い出せなかった。
帰宅するなり、俺はベッドに倒れ込む。
「はぁ……」
先ほどの世羅とのやり取りを思い出して、大きくため息を吐く。
とりあえず……明日凪沙に会ったらそれとなく世羅の現状を聞いてみよう。
そう決意すると、俺は気力を振り絞って起き上がり風呂と夕食の支度に取り掛かることにした。
翌日。
その日の仕事を終えた俺は、約束通り指定されたカフェに来ていた。
俺は適当な飲み物を注文すると、店の奥のボックス席に腰掛けて待つことにした。
しばらくすると、凪沙がやって来た。彼女は俺を見つけるなり、「ごめん、待たせちゃったね」と言いながら向かい側の席に座った。
二十五歳となった彼女は、トレードマークだった眼鏡をかけておらず、コンタクトにしているようだった。セミロングの黒髪を一つ結びにしている姿は、とても知的な雰囲気を漂わせている。
過去にタイムリープしていた俺にとっては、ついさっき別れたばかりだ。そのせいか、成長した凪沙に戸惑いを感じずにはいられなかった。
「久しぶりだね。元気だった?」
凪沙にそう尋ねられ、俺は頷きつつも言葉を返した。
「うん。まあ……一応、元気だよ。凪沙は?」
「私も、それなりに元気だよ」
「そっか……」
そこで会話が途切れてしまう。気まずい沈黙が流れる中、先に口を開いたのは凪沙だった。
「それで……相談のことなんだけど」
「あ、うん」
俺が相槌を打つと、彼女は重苦しい雰囲気を纏いながら続けた。
「実は……この間、世羅ちゃんに会ってきたの」
「世羅に……?」
世羅の名前が出た瞬間、思わずドキリとしてしまう。だが、凪沙はそんな俺の反応などお構いなしに続けた。
「それでね。思い切って近況を聞いてみたんだけど……世羅ちゃん、今休職中なんだって」
「え……?」
その言葉に、俺は思わず目を瞬かせる。