次に目を開けた時──俺がいたのは、バイト先であるリサイクルショップのバックヤードだった。
「あれ……?」
訳が分からず呆然としていると、背後から「何やってるんですか……?」と声をかけられる。振り返ると、そこには同僚の藤沢がいた。
「いや、その……」
俺が戸惑っていると、彼は首を傾げながら尋ねてくる。
「どうしたんですか? そんなところでぼーっとして」
「あ……いや、ちょっと考え事を……」
咄嗟にそう誤魔化した俺に、藤沢は訝しげな目を向けてきた。
「そうですか……。最近、ちょっと仕事しすぎなんじゃないですか? 店長になってからというもの、必要以上に頑張っているっていうか……見ていて心配になるくらいですよ?」
「へ……? 店長……?」
店長と呼ばれたことに驚き目を丸くしていると、藤沢はさらに続けた。
「仕事熱心なのも結構ですけど、きちんと休憩は取ってくださいね」
(一体どういうことなんだろう……? 俺が店長……?)
ふと、壁に掛かっているカレンダーに視線を移す。西暦は2024年。つい先ほどまで、俺は九年前の世界にいたはずなのだが……どうやら、いつの間にか現代に戻ってきてしまったらしい。
(そうか……きっかけはよくわからないけど、戻ってきたんだな)
俺はようやく現状を把握する。次の瞬間、ある仮説が頭に浮かんだ。
タイムリープ前の自分は、将来に希望が持てず鬱屈した日々を送っていた。だが、過去にタイムリープしたお陰で無事汚名返上することに成功し、充実した高校生活を送ることができたのだ。
残念ながら漫画家になるという夢は叶わなかったようだが、それでも腐らず頑張ったお陰でバイト先で店長にまで昇格できたのだろうか。
(そうだ……俺、世羅に告白したんだった)
ふと、そんなことを思い出す。
過去にタイムリープした俺は、今度こそ世羅と仲良くなって想いを伝えようとしていた。結果的に、そんな俺の努力は実を結び彼女と──
(はぁ……いいところだったのにな。なんで戻ってきちゃったんだよ……)
現代に戻る直前。世羅に想いを伝えたら、彼女も俺のことが好きだと言ってくれた。つまり、両思いになれたのである。そこで、はたと気付く。
ということは……今、彼女は俺の恋人なのだろうか……? いや、ひょっとしたらもう結婚していたりして……?
そんな想像に胸を躍らせていると、藤沢が再び話しかけてきた。
「それじゃあ、俺はもう上がりますね。お疲れ様でした」
そう言って、藤沢はくるりとこちらに背中を向けるとバックヤードから出て行った。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、俺はぽつりと独りごちる。
「藤沢の奴……やけに恭しかったな」
タイムリープ前の世界では──俺は、年下である藤沢から完全に見下されていた。
それが今では立場が逆転し、彼は俺を『店長』と呼び敬語で話すほど丁寧に接している。
今までは、年下の同僚にすら馬鹿にされてきたが……もしかして、これで俺もようやく先輩風を吹かせられるようになったのだろうか?
それに気づいた瞬間、思わず口元がにやけてしまった。
(とりあえず、閉店作業を済ませるか)
未だにピンとこないものの、そう結論付けた俺は眠気眼をこすりながら再び動き出した。
薄暗いバックヤードで事務の仕事を片付けていた俺は、ふと壁掛け時計に視線を移す。時刻は午後十時を過ぎていた。
「……そろそろ上がるか」
誰ともなしに呟いた俺は、大きく伸びをする。そして、手早く帰り支度を済ませると店を出た。
家まで続く閑散とした道を歩きつつポケットからスマホを取り出すと、俺は早速連絡先を確認してみた。
「……あった!」
連絡先には、期待通り世羅の名前があった。今、彼女が何をしているのか知りたい。俺達の関係は、あれから進展したのだろうか? 結婚出来たのだろうか?
そんな衝動に駆られた俺は、意を決して通話ボタンを押してみた。
しばらくすると、呼び出し音が鳴り始める。程なくして、相手の声が聞こえてきた。
「湊君……?」
その声は、間違いなく世羅のものだった。
「世羅……」
世羅の声を聞いた瞬間、なんだか懐かしさが込み上げてくる。思わず涙ぐんでしまう俺をよそに、彼女は続けた。
「……どうしたの?」
「夜遅くにごめん。もしかして、もう寝てた?」
「あ……ううん、大丈夫だよ」
どこかよそよそしい態度に違和感を覚えたものの、俺は構わず続けた。
「その……なんだか、急に声が聴きたくなってさ」
「……どういうこと?」
突然、世羅の声音が冷たいものになった。