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24.兆し

「それに、今時アナログで原稿を描いているなんて凄いね。何かこだわりがあるの?」


「うん、まあね。実は、尊敬している漫画家がアナログ派なんだよ。少しでもその人に近づきたくて、俺もアナログで描いてみようと思ったんだ」


「へぇ……そうだったんだ。すごい人なんだね」


 凪沙はそう言いながらも、俺が手渡した原稿を興味深そうに眺めていた。


(本来ならば、こんな風に大事な原稿を持ち歩くべきではないんだろうけど……)


 実は少し前にスキャナーが壊れてしまい、原稿のバックアップを取れていないのである。

 もし、どこかに落としたりすれば一大事だ。けれど……友人たちが原稿を見たがっているのならば仕方がない。


「湊なら、絶対に新人賞を受賞できるって! 俺が保証するよ!」


 不意に孝輝がそんなことを言ってきて、俺は「いや……」と苦笑いした。

 確かに漫画を描くことが好きだし、将来は漫画家になりたいと思っているが……現に、俺はタイムリープ前の世界ではデビューすらできなかったのだ。

 当時──新人賞に応募しようと思ってせっせと描き上げたこの作品も、高嶺によって仕組まれた痴漢の冤罪事件のせいですっかり気落ちしてしまい結局応募せずじまいだった。


 現実は甘くない。そんなことは、一度挫折を経験した自分が嫌と言うほどわかっている。

 そんな俺を励ますように、凪沙がふわりとした笑みを浮かべた。


「万が一、今回が駄目だったとしても……湊君なら、いつか必ずデビューできると思うよ。だって、こんなに人の心を揺さぶる素敵な漫画が描けるんだもん」


 彼女のそんな言葉に俺は「うん……ありがとう」と答えた。


(そうだよな……こんなに皆が応援してくれているんだし、今度こそ勇気を出して新人賞に応募してみよう)


 そう思い直しながらも、俺は皆が読み終わったのを確認する。そして、原稿を受け取るとそれを丁寧に鞄の中にしまった。


「あ、そろそろ花火の時間だ」


 俺の漫画を読んだことで気分が高揚していたのか、世羅が夜空を見上げながらわくわくした様子で言った。その言葉に釣られるように、他の皆が一斉に顔を上げる。俺も顔を上げると、ちょうど夜空に大きな光の花が咲き乱れるのが見えた。

 その瞬間、辺りに歓声が湧き上がる。

 次々と打ち上げられる花火に見惚れていると、ふと世羅が俺の袖を引っ張ってきた。


「……来年もまた一緒に来られるかな?」


 不安げな表情でそんなことを尋ねてきた世羅を安心させるように、俺は「勿論だよ」と答えた。その言葉に安心したのか、彼女は安堵した様子で微笑んでいた。


 俺たちは暫くの間、揃って空を見上げながら次々と打ち上げられる花火を堪能していた。


(やっぱり、夏の風物詩といったら花火だよな)


 そんなことを考えていると、ふと花火を見上げている凪沙の横顔が目に入った。

 その表情は、どことなく憂いを帯びているように見える。


 そういえば……先ほど学級委員の二人と話している時、高嶺の名前が出た途端どこか彼女の表情が強張ったように見えた。

 その表情に、俺は何かの前触れのような嫌な予感を覚える。


(うーん……気のせいか……?)


 花火は終盤に差し掛かったのか、大きな尺玉が次々と上がる。そして、しだれ柳のようにゆっくりと花が開いていった。


 ──それからも、俺たちは屋台を巡りながら夏祭りを満喫した。

 しばらくすると、そろそろ帰ろうかという話になり俺たちは神社の入り口へと戻ってきた。

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