「実は、今日はその……コンタクトにしてみたんだ。気づいてくれて嬉しいな」
「へぇ……湊君ってずっと眼鏡女子が好きなのかと思っていたんだけど、そういうわけでもないんだ……?」
少し離れたところで、ぼそっと呟く世羅。「ん? どういうこと……?」と返すも、今度は彼女が不機嫌になってしまった。
「別に、なんでもないよー」
「えっと……なんか怒ってる?」
何故だかよく分からないが、そっぽを向かれてしまう。
助けを求めつつ再び凪沙のほうを見るが、彼女は何やら自分の世界に浸っているらしく破顔しており、こちらの合図に全く気づいてくれなかった。
(だ、駄目だ。陰キャ生活が長かったせいか、異性の友人との付き合い方がわからない……)
心の中でそうぼやきつつ、途方に暮れてしまう。俺たちのやり取りを遠巻きに眺めていた孝輝は、愉快げに笑っていた。
俺はそんな友人の顔を恨めし気に見つめる。
孝輝はその視線に気づいたのかハッとした顔になると、「あはは……悪い、悪い」と言いながら俺たちの輪に加わってきた。
(……今度、お詫びにジュースでも奢らせてやろう)
そう決意していると、店主である孝輝の父親が声をかけてきた。
「みんな、準備はできたか?」
その言葉に、全員が気を引き締める。
そうだ、今はまずバイトに集中しなければ……そう思いながら俺は店主のほうへと向き直った。
「はい、大丈夫です! よろしくお願いします!」
俺は威勢よくそう言う。他のみんなも緊張した様子で深く頭を下げた。
「初めてで色々戸惑うこともあると思うが、しっかりサポートするから安心してくれ。……それじゃあ、まずは店内の掃除から始めてもらおうかな」
俺たちは「はい!」と返事すると、各自持ち場につき始める。
(よし……頑張ろう)
そんな意気込みを胸に抱きつつ、俺はモップを片手にホールへと出た。
手早く掃除をしていると、不意に孝輝から声をかけられる。
「なあ、湊。お前、本当にバイト初めてなのか?」
「え? うん。そうだけど……」
そう返すと、孝輝は「へぇ」と興味深そうに呟いた。
「なんか手馴れているなと思ってさ」
「そうかな? 別に普通だと思うけど」
そう誤魔化したものの、孝輝は怪訝そうな表情をしている。
まさか、「タイムリープする前はフリーターをしていました」なんて言えるはずもないので、俺は話題を逸らすことにした。
「そういえば、なんで急に人手が足りなくなったんだ?」
俺が知る限り、この店には社員とアルバイトのスタッフが数人いたはずだ。あの人達は、一体どうしたのだろうか。
そんな俺の疑問に、孝輝は神妙な顔で答えた。
「実は、ちょっと前に全員辞めちゃったんだよ」
「え!? 全員……?」
俺が驚くと、孝輝は「ああ」と頷く。
「理由は……?」
そう尋ねると、孝輝は苦々しい表情を浮かべながら答えた。
「いや、うーん……それはわからないけど……」
何やら、煮えきらない態度だ。何かを隠しているのは間違いないようだが……とりあえず、今は深く追及するのは止めておくことにした。