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16.アルバイト

 テスト期間が無事終わると、俺たちは予定より早くアルバイトを始めることになった。

 本来ならば、夏休みに入ってからの予定だったのだが……なんでも、孝輝の母親が体調を崩してしまったらしくできれば今すぐにでも人手がほしいとのことで、急遽働くことになったのだ。


 そして、いよいよ迎えた初出勤日。

 俺たちは孝輝の両親に軽く挨拶を済ませると、早速店の手伝いを始めることになった。


「じゃあ、みんな……今日からよろしくな!」


 孝輝が笑顔でそう言うと、世羅が大きく頷く。


「うん! 私、頑張るね!」


 凪沙も同じように頷いた。


「わ、私も……! その、役に立てるかどうかわからないけど……」


 そんな二人を見て、俺は口が綻ぶ。

 店内は、レトロな洋食屋といった雰囲気だ。テーブル席がいくつかあり、奥には厨房がある。今は開店前で、客はいない状態である。


(そういえば……孝輝から「今度うちの店に食べに来いよ」と誘われていたのだが、結局行かずじまいだったな)


 そんなことを考えながらも店内を見渡していると、隣にいる世羅が興味津々といった様子で呟いた。


「へぇ……いい感じのお店だね」


「だろ? 俺も結構気に入っているんだ。やっぱり、親が大切にしている店だからさ……俺としても、この店を守っていきたいっていうか……」


 孝輝はそう言うと、照れくさそうに頬をかいた。


「そっか……じゃあ、頑張って店を盛り上げないとね」


 世羅はそう言うと、「よーし! 頑張るぞ!」と腕まくりをする。

 そんな世羅を微笑ましく眺めていると、ふと脳裏にある記憶がよぎった。


(そういえば、この店が閉店したのは孝輝が退学したのとほぼ同時期だったな……)


 そうだ、思い出した。それから、一家は夜逃げ同然に引っ越してしまったのだ。

 引っ越し先も教えてもらっていないため、その後孝輝とその家族がどうなったかはわからない。

 けれど、少なくとも店を維持していく余裕がないほど厳しい状況だったであろうことは当時高校生だった俺にも察することができた。

 おそらく、孝輝が学校を辞めたのはそのせいなのだろう。

 ……とはいえ、やはり腑に落ちない。孝輝が言っていた通り常連客もそれなりについていたようだし、それが事実ならば流石に短期間で閉店まで追い込まれるということはないように思える。


 ──もしかすると、経営が厳しくなるような何か重大な出来事があったのだろうか?

 そう考えて当時の記憶を必死に辿るが、これといって引っ掛かるようなことは思い出せない。


(それが分かれば、この店が閉店に追い込まれるのを阻止できるかもしれないのに……)


 そんな風に考え込んでいると、気づけば世羅が俺をじっと見つめていた。


「え……? ど、どうしたの? 世羅」


 凝視してくる世羅に、俺は困惑しながら問いかけた。すると、彼女は慌てた様子で謝ってくる。


「ご、ごめん。この制服似合ってるかなって訊こうと思ったんだけど、何か難しい顔して考え事しているみたいだったから話しかけづらくて……」


 申し訳無さそうに眉尻を下げる世羅を見て、俺は慌てふためいた。


「え? そんな顔してた? ていうか、制服って……」


 言いながら、俺は世羅が着ている制服に目を向ける。白いワイシャツに、黒いタイトスカート。腰にはこれまた黒いエプロンをした世羅の姿は、普段と違って大人っぽく見えた。

 世羅はそんな自分の姿を目の前にある姿見で確認しながら、「どうかな?」と感想を尋ねてきた。

 すらりと伸びた足に、思わずドキッと心臓が跳ね上がる。同時に、顔面にぶわっと熱が集中するのがわかった。


「え!? うん……すごく似合っているよ!」


 俺は、世羅からやや視線を逸らしながらもそう答えた。すると、彼女は嬉しそうに微笑む。


「そっか……ありがとう!」


(か、可愛すぎる……)


 世羅のこんな姿を見られたのも、タイムリープの恩恵だな……などと考えつつ、俺は凪沙のほうへと視線を移した。

 すると、何故か彼女は不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。


(えっ……なんか睨んでる!?)


 何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか?

 困惑しながら記憶を手繰ってみるが、さっぱり理由が思い付かない。俺は気まずい気持ちを抱えながら「どうしたの……?」と声をかける。


「べ、別に……ただ、私には感想言ってくれないのかなって気になっただけ……だよ」


 絞り出すような声でそう言った凪沙に、俺はハッとする。

 確かに、凪沙も友人なのだから世羅だけ褒めていたらおかしいだろう。俺は慌ててフォローを入れる。


「凪沙もすごく似合っているよ! それと、今日は眼鏡をかけていないんだね。そっちのほうがいいと思うよ!」


 素直に褒めると、凪沙は頬を薄紅色に染めた。

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