side 世羅
「あっ」
ある日の昼休み。世羅が廊下を歩いていると、偶然にも湊と凪沙が一緒にいるところに出くわした。
(ど、どうしよう。話しかけようかな……)
そう悩んでいる間にも、二人は仲睦まじげに会話をしている。その姿を見て、胸がズキンと痛んだ。
けれど、世羅はそんな自分を鼓舞すると、ギュッと拳を握り口を開く。
「あ、由井君。この間は、うちのモモを助けてくれて本当にありがとう」
世羅が改めてお礼を言うと、湊は謙遜するように首を横に振った。
「椎名さん!? あ、いや……本当に大したことはしてないから……」
「うちのモモも、由井君のこと凄く気に入っていたし……きっと、また会いたいんじゃないかな」
「そうかな……?」
「うん。あ、そうだ! ねえ、由井君って絵が得意なんだよね? もしよかったら、モモに会うついでにスケッチしてくれないかな? 動物もよく描いているんだよね?」
「え? あ、うん。椎名さんが描いていいなら描くけど……」
世羅の突然の依頼に、湊は一瞬戸惑いながらも応じてくれる。
モモが会いたがっているという
そんなことを考えつつも凪沙のほうに目を向けると、彼女は戸惑ったような表情を浮かべていた。
(ごめんね。あなたも湊君のことが好きだというのはわかるけれど、譲れないの。好きな気持ちは私も同じだから……)
世羅は視線を一瞬落とし、顔を上げると微笑んでみせた。
「じゃあ……今日の放課後、一緒に帰らない? 私、一旦家に帰ってモモを連れてくるから、由井君は公園で待っていてくれないかな?」
「え? う、うん」
「決まりね。じゃあ、私はそろそろ自分の教室に戻るから。お話中に邪魔しちゃってごめんね」
そして、穏やかに笑うと、世羅は「またね」と別れの言葉を口にした。
良かった。何とか湊を誘うことができた。
頬が引き攣った気がするし、二人の仲睦まじさを目の当たりにしたら泣きそうになったが……そこは自分でも頑張ったと褒めてあげたいところだ。
約束通り、授業が終わると世羅は湊と一緒に下校した。公園に到着し、「ちょっとここで待っていてね」と告げると、世羅は一旦家に戻ってモモを連れてくる。
(……よし)
世羅は心の中で気合を入れると、モモを抱いたままベンチに座っている湊に近付いた。
「お待たせ」
「あ、ううん。全然待ってないよ」
湊は、世羅の腕の中にいるモモに視線を向けて微笑んだ。
「相変わらず可愛いね、モモちゃん」
その言葉に、世羅も微笑む。そして、モモを地面に下ろした。
「それじゃあ、モモを描いてもらってもいいかな?」
「うん。わかった」
湊が頷いたのを確認し、世羅は湊の隣に座る。彼はスケッチブックを開くと、早速モモを描き始めた。真剣な様子でモモを描写していく様子を、じっと見つめる。
今なら近づいても大丈夫だろうか。せっかくなら近くで湊の顔を見ていたいという邪な思いが急に浮かび上がり、世羅はゆっくりと距離を詰めていく。
「し、椎名さん……なんか近くない?」
湊は距離の近さに気づいたのか、戸惑うような表情を浮かべた。
それでもスケッチブックから目を離さないのだから、本当に絵を描くことが好きなのだろう。
「あ、ごめんなさい……すごく上手だから、もっと近くで見たかったの」
「……そ、そっか」
スケッチに集中しているらしい湊は、世羅の弁解をさらりと流してくれた。
それ以上特に追求されることもなかったため、彼に近づいたまま描き終わるのを待つ。
そして、数分後。
「よし、できた」
湊がスケッチブックを世羅に差し出した。それを受け取って、完成した絵を確認する。そこには、モモの愛らしさが存分に詰め込まれていた。
「わあ! ありがとう。本当に上手だね」
「そ、そうかな?」
「うん。凄く可愛く描けているよ」
絵を褒めると、湊は照れたような表情を浮かべた。普段はあまり感情表現が豊かではない彼がそんな顔を見せるものだから、胸がときめく。
(よし……今ならいけるかも)
世羅は深呼吸をすると、勇気を振り絞ってある提案を持ちかけることにした。
「そういえば……来週からテストが始まるね。それで、あの……由井君さえよければ、一緒に勉強しない?」
「え?」
「あ……その、迷惑だったら断ってもらって全然構わないのだけど……」
(……ああもう! 私ったら、また……)
緊張で声が震えてしまい、世羅は思わず頭を抱えたくなる。
どうして、もっと自然に言えないのだろう。そんな自分が嫌になりかけた時。湊が口を開いた。
「いや、別に迷惑じゃないけど……椎名さんこそ、俺なんかと勉強して迷惑じゃない?」
「ううん、全然! 一人で勉強するより、誰かと勉強したほうが捗るし……」
「そっか。じゃあ……予定、空けておくね」
「うん、ありがとう。それじゃあ、一緒に勉強頑張ろうね」
世羅が笑みを零しながら言うと、湊も花開くようにふわりと笑う。
それを見た瞬間、世羅は胸があたたかくなるのを感じた。やっぱり、彼の笑顔が好きだなと再確認してしまう。
こんな日々がずっと続けばいいのに。そう思いながら、世羅は入道雲が浮かんだ空をぼんやりと見上げるのだった。