side 世羅
湊がクラスメイトに痴漢をしたという噂は、世羅のクラスでも話題となっていた。
けれど、世羅は彼がそんなことをするような人間ではないと知っている。
(何とか湊君を助けないと……。でも、どうやって……?)
クラスメイト達がその話題に夢中になっている中、世羅は湊を助け出す方法を考えていた。
おそらく、被害者を名乗る女子──高嶺鈴は、湊を陥れようとしているのだろう。
それがわかっているだけに、もどかしい。
その上、湊を悪者と決め付けているクラスメイト達を説得することができない自身に対して怒りさえ湧いていた。
(でも、このまま黙って見ているなんてできない)
しかし、証拠を示せるかと言われれば、難しいだろう。
噂が広まるのも時間の問題だ。そうなると、湊はクラスメイトどころか学校中から白い目で見られることになる。
そんな風に悶々としていると、いい知らせが舞い込んできた。
なんでも、湊が桜庭凪沙というクラスメイトの女子と協力して鈴とその取り巻きの悪事を暴いたらしい。
彼が無事に無実を証明できたということが分かり、世羅は胸をなで下ろした。
しかし、その反面。湊と凪沙との距離が縮まっているような気がして不安でもあった。
何を隠そう、世羅は以前から湊に好意を抱いている。それも、幼い頃からずっとだ。
というのも……小学一年生の頃、公園で彼と会ったことがあるのだ。
きっと、向こうは覚えていないだろうけれど……世羅にとって、それは運命の出会いと言っても過言ではなかった。つまり、初恋の相手なのである。
当時の世羅は、今よりずっと内気な性格だった。その理由の一つは、この外国人のような容姿にある。
スウェーデン人の母譲りのシルバーブロンドに、翠緑の目。髪の色や目の色が珍しいということもあって、周りからはよく奇異の目で見られていたのだ。
その気持ちは世羅にも理解できたし、仕方ないものだと割り切ってはいた。
けれど、コンプレックスの対象であることには変わりない。それが余計内気な性格を加速させてしまい、そのせいで同年代の子供とはあまり仲良くできなかったのだ。
そんなある日のことだった。
近所の公園で、他の子供たちが遊んでいるところを羨ましい気持ちで眺めていると、一人の少年に話しかけられた。
その少年は、幼い頃の湊だ。彼は「どうして一人でいるの? みんなと遊ばないの?」と尋ねてきた。
世羅は、その質問に対して素直に答えた。「私はみんなと髪の色や目の色が違うから、怖がられてしまうの」と。
すると、彼は「じゃあさ!」と続けた。
「僕と友達になろうよ。……と言いたいところなんだけど、実は僕、もうすぐ引っ越しちゃうんだ」
「そう……なんだ」
世羅がしょんぼりと肩を落とすと、湊は「でもね!」と続けた。
「いつか必ず、またこの街に戻って来るから! だから、それまで待っていて!」
どうやら、湊は近々引っ越す予定らしい。
引っ越しと言っても、同じ県内なのだが。しかし、子供にとっては十分遠いと感じる距離だ。
世羅は、また会える確証がないその約束に不安を抱いた。
「本当に、また会えるの?」
「勿論! だから、それまで友達を作らず一人でいるのは禁止! わかった?」
「……うん。わかった」
世羅が頷くと、湊は嬉しそうに笑った。そして、小指を差し出すとこう言ったのだ。
「じゃあ、指切りしようよ!」
その提案に驚きながらも、世羅はおずおずと自身の手を差し出した。そして、二人で小指を絡めて指切りをする。
同年代の子と約束をするなんて、生まれて初めてだった。
「……うん、分かった」
世羅は、湊の真剣な眼差しを見て頷いた。
結局、彼と一緒に遊んだのはその一日だけ。けれど、彼は思い出を残していってくれた。
絵が得意らしく、当時小学生に人気だったアニメのキャラクター描いてプレゼントしてくれたのだ。
その時描いてもらった絵を、世羅は今でも大切にしている。
──それから数年後。彼は本当にこの街へと戻って来てくれた。
高校受験の際、世羅は今通っている学校に見学に来たのだが、その時、偶然成長した湊を見かけた。
彼の友人が湊の名前を呼んでいたので、もしかしてと思ったのだ。
世羅は声をかけようとしたが、よく考えたら当時彼に名前を聞いたものの自分の名前を伝え忘れていたことを思い出す。
それに、性格があの頃とは全然違うし、容姿は当時から目立っていたから印象に残る方ではあるものの好奇の目に晒されるのが嫌で帽子を深く被って顔を隠していた。
これでは、名乗ったところで湊に思い出してもらえないかもしれない。
そう考えて、結局その日は話しかけられずに終わった。
しかし、どうしても彼のことが諦めきれず……わざわざ志望校のレベルを下げて今の高校に進学したのだ。
そんな風に、恋い焦がれている相手と別の女子生徒が急接近したら、不安になるに決まっているだろう。
もし、仲の良い様子を見せつけられたら立ち直れないかもしれない。