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6.因果応報

 翌日。

 凪沙の協力のお陰で何とか濡れ衣を晴らすことに成功した俺は、清々しい気分で登校していた。


「しかし、俺が休んでいる間にそんなことになっていたとはなぁ……」


 隣を歩く孝輝がしみじみと言う。

 というのも、彼は昨日風邪で欠席しており、事の顛末を知ったのは今朝なのだ。


「いやー、クラスのグループトークを見た時は驚いたわ。まさか、桜庭が証拠の動画を公開して湊の無実を晴らすなんてなぁ」


「ああ。俺も驚いたよ。桜庭さんがあの動画を公開してくれなかったら、今頃どうなっていたことやら……」


「確かにな。もし、あのまま痴漢呼ばわりされたままだったら、それこそ退学に追い込まれていたかもしれないぞ」


 孝輝の言う通りだ。タイムリープ前の世界では、本当に地獄のような毎日だった。

 どうにか思い留まって退学はしなかったものの、ほぼ味方がいない状態でよく三年間も耐えたものだと思う。


「桜庭さんには感謝してもしきれないよ」


「だな。今度、お礼に菓子折りでも持っていくか?」


「そうだな」


 そんな会話をしつつ、俺たちは校門を潜る。

 すると、周りを歩いている生徒たちの視線が一気に集まった。皆、こちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話をしている。

 どうやら、俺と凪沙が協力して高嶺たちの悪事を暴いたという話は学校中に広まっているらしい。


「なんか、少し恥ずかしいな」


「まあ、そのうち飽きるだろ。それはそうと……どうするんだ? 桜庭に告白されたんだろ?」


「ああ、うん。まあ……一応そうなるのかな。……本人は、返事はいらないって言ってたけど……」


 そう、俺は昨日凪沙に告白をされたのだ。

 あんな風に異性に気持ちを伝えられたのは初めてだから、正直どうしたら良いのか分からなかった。


「それで……どっちを選ぶんだ? 今、どっちもいい感じだよな?」


 孝輝がニヤニヤとしながら尋ねてくる。

 彼は、俺が世羅に片思いをしていることを知っている。だから、この反応は当然だ。


「どっちって……そもそも、俺は選べるような立場じゃないよ。椎名さんは俺のことなんて眼中にないだろうし、桜庭さんだってああ言ってくれたけど本気かどうかわからないし。なんていうか、俺みたいな陰キャオタクが女子から好かれるのが信じられなくて……」


 自分で言っていて悲しくなってくる。

 そんな俺を見て、何故か孝輝は頭を掻きながら溜息を吐く。


「はぁ……相変わらず自己評価が低いな、お前は」


「ん? どういう意味だよ?」


「言っておくが、お前は自分で言うほど陰キャじゃないぞ。ちゃんとコミュニケーションが取れるし、他人への思いやりもある。それに、見た目だって別に悪くないだろ。よく見たら目鼻立ちも整ってるし、身長だって平均より高い。お前、自分が思っているよりもずっとスペック高いからな? 多分、地味にしているせいでかなり損してると思うぞ」


「えぇ……?」


 孝輝からそんな風に思われていたなんて正直驚きだ。俺は、てっきりクラスでのカーストも最下層だと思っていたからだ。


「いやいや、お世辞にしても褒めすぎだって」


「本当だよ。俺が保証するから自信を持てって」


 そうは言うものの、やはり自分に自信がないのは事実だ。

 自分は女子から好かれるようなタイプではないし、ましてや世羅のような美少女と釣り合うような男じゃないと思う。


「うーん……」


「まあ、とにかくさ。少なくとも、桜庭の告白は本気だったと思うぞ。じゃなきゃ、わざわざ手助けして証拠を公開するメリットなんてないだろ」


「それはそうかもしれないけどさ……」


 そんな話をしている内に教室に着いたので、孝輝との会話は一度中断した。

 教室に入るなり、クラスメイトたちの視線が一斉に俺の方へと向けられた。


「お、おはよう……」


 俺は緊張しながら挨拶をした。

 すると、皆は笑顔で挨拶を返してくれた。


「おはよー」


「おはよう、由井君。昨日は大変だったね。大丈夫だった?」


「由井、おはよう。とりあえず、誤解が解けて良かったな」


 クラスメイトたちは、口々に気遣う言葉を掛けてくれる。中には、「疑ってごめん」と今までのことを謝罪してくる者もいた。

 凪沙の方を見ると、彼女も俺と同様クラスメイトに囲まれていた。


「当分の間は注目の的になりそうだな」


「ああ、そうだな……」


 俺と孝輝はそんな会話をしながら、それぞれの席に座った。

 すると、しばらくして教室のドアがガラッと開いた。……高嶺だ。彼女は皆の注目が自分に集まっていることが分かると、席に向かって歩いていく。

 それまで談笑していたクラスメイトたちは、まるで水を打ったかのように静まり返った。皆、高嶺の一挙手一投足に全神経を傾けているのだ。


「……」


 そんな空気を知ってか知らずか、高嶺は無言で自分の席に着いた。

 いつもクラスの中心にいた人気者──そんな彼女が、突然クラスメイトたちから手のひらを返されたのだ。当然、面白くないだろう。


 高嶺は不機嫌さを隠そうともせずに、ムスッとした表情でスマホをいじっている。

 その姿は、物凄く惨めだった。しかし、彼女が置かれた状況は、昨日まで俺が置かれていた状況に比べれば遥かにマシだろう。


 因果応報というのは、きっとこういうことを言うのだ。

 日頃から、高嶺は他人を見下すような言動をしていた。その報いが今、こうして返ってきているだけに過ぎない。

 俺は心の中で高嶺にざまぁと呟いてやった。


(高嶺の奴、すごい遠巻きに見られているな)


 目に見えない重圧というのだろうか。彼女は今、クラス中から距離を置かれている。

 取り巻きである遠藤と陶山は、高嶺にどう接したら良いのか分からないのかオロオロしていた。

 おそらく、彼らが高嶺を見捨てるのも時間の問題だろう。


(そういえば……桜庭さんは、『主犯は高嶺さんじゃないかもしれない』と言っていたな)


 つまり、他に指示を出している生徒が──黒幕がいる可能性があるということだ。

 もし、それが本当だったとしたら……これで終わりではないのかもしれない。

 さらなる波乱が待ち受けているような気がして、俺は急に不安になった。

 そんなことを考えていると、不意に視線を感じた。


「え……?」


 慌てて教室内を見回してみるも、視線の正体は分からなかった。


「どうしたんだ?」


 孝輝が不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「いや……なんでもない」


 俺はそう答えると、前に向き直った。

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