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5.二度目の断罪

 凪沙と話し合った結果、作戦を決行するのは一週間後の放課後ということになった。

 というのも、テスト期間が始まるからだ。その間は部活動も休みになるので、それを利用して実行することにしたのだ。


 一時間目の授業が終わると同時に、突然誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。

 何事かと思い振り向くと、高嶺が血相を変えてロッカーの前に立っていた。

 様子を窺っていると、彼女は涙ながらに言葉を続けた。


「ねえ! 私の水着がないんだけど! もしかして、盗まれたのかも……!」


 その瞬間、教室内がどよめきで溢れた。

 思わず凪沙の方を見ると、彼女は動揺した様子で固まっていた。しかし、凪沙以上に動揺しているのは俺だった。


(ちょっと待てよ……なんだ? この展開……)


 戸惑いながらも、必死に当時の記憶を掘り起こす。


(……そうだ、思い出した。あの日、俺は、二度目の断罪を受けたんだった)


 ……そう、高嶺は事実無根の噂を流すだけでは飽き足らず、俺を水着泥棒の犯人として告発したのだ。

 勿論、そんなことはしていないと即座に否定したが、誰も聞く耳を持たなかった。

 それどころか、逆にクラスメイトたちから白い目を向けられ、完全に孤立してしまったのだ。

 挙句の果てに、後日学校に親まで呼ばれ、謂れのない中傷を受けることとなる。


 そんな過去の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。

 それを認識した瞬間、サーッと血の気が引く感覚に襲われた。

 無意識に拳を握りしめると、手汗が滲んでいるのが分かった。動悸がどんどん激しくなっていき、呼吸をすることすら苦しくなる。額からは脂汗が流れてきた。


(……いや、狼狽えるな。今回は一人じゃない。桜庭さんという心強い味方がいるし、それに無実を証明するための証拠だってある。間違った選択肢さえ踏まなければ回避出来るはず)


 自分に言い聞かせるように、何度も心の中でそう呟いた。

 俺は徐々に平静を取り戻していく。


「なあ、そういえばさ……由井って高嶺さんに痴漢したって噂されていたよな」


「もしかして、高嶺の水着を盗んだのって由井なんじゃ……」


「うわ、きも……由井ってさ、人畜無害なタイプだと思っていたけど……実は性犯罪者だったんだね。やっぱり、陰キャは性根が腐ってるわ」


 クラスメイトたちが、ヒソヒソと話している。どうやら、俺が犯人だと決めつけているらしい。

 そんな様子に辟易していると、凪沙が俺を庇うように前に立った。


「……待ってください! 由井君はそんな人じゃありません!」


「さ、桜庭さん……!?」


 まさかの事態に戸惑ってしまう。


「由井君は、高嶺さんの水着を盗んでなんかいない。……そうだよね?」


「うん、勿論だよ。俺はそんなことしてない」


 凪沙の問いかけに、即答する俺。

 すると、今度は別の方向から声が掛かった。高嶺だった。


「嘘つかないでよ!」


 彼女は怒りに満ちた表情を浮かべながら、俺を睨みつけてきた。

 その迫力に気圧されそうになるものの、なんとか堪えることに成功する。


(ここで怯んじゃ駄目だ……)


 心の中でそう自分に言い聞かせていると、高嶺から疑いの言葉がかけられた。


「本当にやっていないというのなら、証拠を見せてちょうだい」


 高嶺がそう尋ねてきたので、俺は自信満々な表情を浮かべながら答える。


「……証拠ならあるよ」


「はぁ?」


 高嶺は間の抜けた声を発した。

 それは、クラスメイトたちも同じだったようで皆一様に驚いた顔をしている。


「証拠ってなんだよ?」


「もしかして、真犯人を知ってるとか?」


「いや、流石にないだろ」


 口々に言い合っている中、俺は凪沙に視線を配る。すると、意図が伝わったのか彼女は小さく頷いた。


(予定より早いけど……こうなってしまった以上、この場であの動画を公開するしかない)


 凪沙はおもむろにスマホを取り出すと、しばらく操作を続けた。

 すると、クラスメイトたちのスマホが同時に鳴り出した。

 彼らは怪訝そうな顔でスマホを確認すると、言葉を失った。


 俺はポケットからスマホを取り出し、クラスのグループLINEを確認する。すると、例の動画が公開されていた。

 そこには、一人の女子高生が映し出されている。それは、電車内でサラリーマンから痴漢されている高嶺だった。

 その直後、すぐに俺が近づいてきて、やはり高嶺に一切触れることなく助けている。

 動画が公開されたことで、完全に彼女の狂言であることが判明した瞬間だった。


「な、何よ……これ……なんで撮ってるのよ……」


 高嶺は動揺を隠せないようで、声が震えていた。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、凪沙が真実を告げる。


「これが証拠です! あの日──私は同じ車両に乗っていました。そして、一部始終を撮影していたんです!」


 彼女は胸を張ってそう言い切った。

 周りの視線が一気に俺に集まる。そんな中、彼女は続けてこう言った。


「動画を見ても分かる通り、由井君は無実です! 高嶺さんに痴漢なんかしていません! 本当に、ただ善意で彼女を助けただけなんです!」


 それを聞いた瞬間、不思議と胸の内がスッと軽くなっていくような気がした。そんなことを考えていると、高嶺が突然叫び始めた。


「こんなの、捏造に決まってるわ! あいつが罪から逃れるために作ったフェイク動画よ!」


 高嶺が反論すると、クラスメイトたちはどよめいた。


「何これ……むしろ、由井は高嶺さんを痴漢から助けてるじゃん」


「高嶺ってさ、もしかして由井を悪者に仕立て上げようとしていたんじゃない……?」


「見損なったよ、高嶺さん」


 高嶺に非難の声が注がれる。


「どうして、みんな由井なんかの味方をするのよ!?」


 高嶺は、動揺した様子でクラスメイトたちに尋ねる。どうやら、かなり追い込まれているらしい。

 何はともあれ、この状況を見る限り俺に汚名はかからず高嶺だけが恥をかく流れになるに違いない。

 そんなことを考えていると、凪沙が言葉を続けた。


「実は、もう一つ見てもらいたい動画があるんです」


 凪沙がそう言った直後、すぐにもう一つの動画が公開された。

 そこには、先ほどと同じように電車内に立つ高嶺が映し出されている。やがて、彼女は何を血迷ったかスカート少し捲り、近くにいるサラリーマンを誘惑するような素振りをみせていた。意図的に痴漢をするよう仕向けているようにすら見える。

 次の瞬間、サラリーマンは高嶺の臀部に触れた。それからは、瞬く間に事は進んでいった。男の手つきがいやらしくなるが、高嶺は抵抗することなく身を委ねているように見える。

 そして、男がエスカレートして高嶺のスカートの中に手を入れようとしたところで、俺が割って入って止めていた。

 クラスメイトたちは唖然としていた。だが、高嶺だけは目を見開き青褪めている。


「これは、由井君が高嶺さんを助ける直前の様子です」


 凪沙が補足すると、高嶺は言い訳をし始めた。


「……ち、違う……これもきっと、この二人が捏造して……」


 高嶺は俯きながらふるふると身体を震わせると、絞り出すような声でそう言った。

 動画の流れからして、彼女が俺を陥れようとしていることは明らかだった。

 だが、高嶺は罪を認めたくないのか、言い訳を繰り返す。


「わ、私は被害者よ!? 百歩譲って、由井が痴漢をしてなかったとしても……私が不快だと思ったら、それはもうハラスメントなの! そう、確かあの時……距離が近かったから由井の息が私にかかったのよ! それが、すごく不快だったの! これはもう立派な性犯罪だわ! それに……私は助けてくれなんて一言も言ってないし、そもそもこんな陰キャオタクに助けられるなんて一生の恥よ!」


 高嶺は矢継ぎ早にまくし立てると、俺を睨みつける。

 何やら道理の通らない主張をしているようだが、クラスメイトたちは完全に彼女を白い目で見ていた。


「往生際が悪いよ、高嶺さん」


 俺は高嶺に向かって満面の笑みを浮かべながらそう言った。


「もう逃げられませんよ」


 そう言いながら、凪沙も高嶺に詰め寄る。

 すると、やがて観念したのか彼女は泣き喚きながら教室を飛び出していった。

 その後──俺はクラスメイトたちからの質問攻めに遭った。だが、凪沙も一緒に経緯を説明してくれたので助かった。



「あの……桜庭さん。今日は本当にありがとう」


 帰りのホームルームが終わった後、俺は凪沙に感謝の言葉を述べた。


「ううん、気にしないで。それより、由井君の濡れ衣を晴らすことができて良かったよ」


 俺達は互いに笑みを浮かべた。


「そういえば、電車内で動画を回していた理由は……やっぱり、教えてくれないよね?」


「あ……えーと……」


 俺がそう尋ねると、凪沙は歯切れの悪い返事をした。

 しばらく沈黙が続いた後。彼女は頬を赤らめると、周りを気にするように耳打ちしてくる。


「実は……前から、由井君のことが……そ、その……気になっていて……」


「えっ?」


 突然のことに驚きを隠せなかった。

 まさか、凪沙が俺に好意を抱いていたなんて思いもよらなかったからだ。

 だが、すぐに平静を取り戻して聞き返すことにした。


「……本当に?」


「う、うん」


 凪沙はそんな俺の反応に苦笑を浮かべると、さらに言葉を続けた。


「だから……思わず動画を回しちゃったの」


 突然の告白に、俺は動揺してしまった。

 まさか、陰キャの自分が異性から好意を寄せられる日が来るなんて……。


「あっ……でも、返事はしなくていいからね! 私が一方的に好きなだけだから……えっと、うん……それじゃあ、私、そろそろ帰るね。また明日!」


 彼女は早口でそう言い残すと、慌てて鞄を持って教室から出ていってしまった。

 一人取り残された俺はしばらく呆然としていたが、我に帰ると頭を掻く。


「参ったな……」


 そんな呟きとは裏腹に、心臓の鼓動は強く脈打っているのを感じたのだった。

 ……まさか、タイムリープしたらモテ期が到来するなんて夢にも思わなかった。

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