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第37話 獄中のあなたに

 ファミリー同士の激突から何日か経って、カポールに平和が戻ってきた。

 どこか不安な、どんよりとした雰囲気はとうの昔に消え去って、住民とマフィアが共に暮らす街が帰ってきた。

 ティラミス・ファミリーの仕事も何もかも元通りで、事件は一件落着。

 ただ、僕は今、街にはいなかった。


「――で、あーしに会いに来たってワケ? 暇なん?」

「暇……ってほどじゃないけど、マリーさんがどうなったのか、どうしても気になったんだ」

「どうなったも何も、檻の中だけど。あんたのせいで、さ」

「うっ……」

「しょげんなっつーの。めんどくせー」


 僕がいるのは、街から少し離れた牢獄の一室の前。

 格子を挟んだ先にいる、マリーさんに会いに来たんだ。

 怪我も治ったらしい彼女の両手足には枷が嵌められていて、髪もぼさぼさで荒んだ目をしていたけど、僕との面会には応じてくれた。


「エクレア・ファミリーはあの時約束した通り、解散したよ。アジトも売り払って、構成員は他の仕事に就いてる。マフィアとの縁を切りたいって人もいたから、となり街で仕事を斡旋してもらった人もいたよ。というか、そうお願いしてきた人がほとんどだけども」


 カポールにはもう、ティラミス・ファミリー以外のマフィアはいない。

 マリーさんを恐れていた人も、マフィアから足を洗っているしね。


「セザールさんとダニエルさんは、もう街からいなくなってた。元構成員に話を聞いたけど、決闘の次の日には手続きを全部済ませて、霞みたいに姿を消してたって……」

「知らんし。あーしのこと裏切った奴とか、キョーミないっつーの」


 僕の方を見ないまま、灰色の囚人服の裾を揺らして、マリーさんが言った。


「つーか、こんな薄暗いとこにぶち込まれて快適なわけないじゃん。マジありえんてぃーだし、萎える。服だってほら、こんなだせーの着せられたらそれだけでさげぽよだわ」

「何か欲しいものがあったら、持ってくるから言ってね」

「そんじゃあ『カフェ・モリオ』のビッグチョコフラペチーノとチーズモンブラン、『ブティック・カレイドスコープ』の新作アウターと、『アルペジオ香料店』の新作フレーバー。男に二言はないっしょ、さっさと持ってきて!」


 これだけ元気なら、牢獄の中でも元気にやっていけるに違いない。


「……きょ、許可がもらえたらね……」


 軽はずみな自分の言葉をちょっぴり後悔しながら、仲間の協力を仰ごうと考えているうち、マリーさんが僕にちらりと視線を向けた。


「……あんたでしょ、あーしがなるはやでここから出られるように手配したの」


 彼女の目は、まっすぐで、どこか憂いに満ちていた。


「余計なことすんなし、出る時はあーしの力だけで出るっての」

「僕にそんな権力はないよ。ただ、ティラミス・ファミリーにちょっと相談してみたんだ。マリーさんが自分の道を歩けるように、何かできることはないかって」


 ティラミス・ファミリーに相談したのは事実で、それ以外に何もできなかったのも事実だ。


「マリーさん、僕は……僕はまだ、マフィアの下っ端だ。何かを変える力も、どうしようもない悪に太刀打ちする力もない。そもそも、僕だってもう悪党なんだ。世間や貴族からしてみれば、何を言ったって利益のための戯言ざれごとになる」


 だとしても、成し遂げなきゃいけないことは分かる。

 彼女の意志を継ぐのが、自分の役割だとも。


「でも、約束するよ。僕はきっと、麻薬を国から追放してみせる」

「……!」

「誰も失わないように、誰かが何かを失う選択をしなくてもいいように。だからマリーさん、僕じゃなくてもいい――ティラミス・ファミリーを信じてほしい」


 マリーさんの目に、少しだけ光が戻ったような気がした。


「エドぴ、悪モンに嫌われるよ。敵だって増えるの、分かってるワケ?」

「色んな人に嫌われてきた。もう、憎まれるのも恨まれるのも慣れっこだよ」

「……マジでガキンチョかよ。わけわかんねーっ」


 汚れたベッドにごろりと寝転がって、マリーさんが言った。


「でもさ、やっぱりエドぴ、あーしのお気にだわ。なんかあったら声かけろし、気が向いたら助けてやるからさー」

「ありがとう、マリーさん。頼りにしてるね」


 もしも彼女が力を貸してくれるなら、これほど心強い味方はない。

 そのうち、天井を見たまま動かないマリーさんが「もう話すことはない」を言っているような気がして、僕は席を立った。

 無言で背を向けて牢獄を去ろうとした時、不意に声が聞こえた。


「……やっべ。ガキにガチ恋してんのかよ、あーし」

「え?」

「なんでもねえよ、さっさと帰れっつーの!」


 何かをつぶやいた気がしたけど、追及すれば檻を破って大鎌で暴れそうな気がして、僕は足早に地下から地上に出た。

 厳重に警備された門を抜けた僕を待っていたのは、ティナだ。


「エド、マリアンヌはどんな様子だった?」


 彼女の隣についた僕は、そのままティナと共に歩きだす。


「……反省してたよ。でも、反省なら、きっとエクレア・ファミリーのボスになった頃からずっとしてたと思う」


 マリーさんの中に巣食う闇は深くて、簡単には切り離せない。


「本当はファミリーを守りたくて……目的が変わって、構成員の命も顧みなくなってた。焦りと恐れが、あの人を変えちゃったんだ」


 でも、純粋な悪意だけの人じゃない。

 根幹には、大事なものを守りたいという優しさがあったはずだ。


「人を殺したのは許しちゃいけないけど、それでもマリーさんはやり直す機会が与えられるべきだ。そして戻って来たなら……ティナ、その時は……」


 なら、そんな人に手を差し伸べるのが、マフィアだと思う。


「もう一度、カフェでお茶をしたいなって、そう思うよ」

「……お前らしい答えだな」


 僕がこう言うと、ティナが笑ってくれた。


 めったに見られない彼女の笑顔に驚いていると、遠くから声が聞こえてくる。

「フン、待たせ過ぎだ」

「アニキーっ!」


 ファミリーのボスと僕を迎えに来てくれた、グレゴリーさんとジャッキー。

 そしてティラミス・ファミリーの皆。

 ここがティナの、僕の居場所なんだとはっきりと教えてくれた。


「行こう、ティナ!」

「……ああ」


 ティナの手を引いて、僕は駆け出した。






 カポールの街は、今日もいつもと変わらない。

 ティラミス・ファミリーが守る――ちょっぴり危なくて、素敵な街。

 そして僕は、エドワード・マックスウェル。

 街を、人を守る悪党――マフィアだ!

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