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第33話 【Sideティナ】燃え盛れ、焔の王

「そ、そんなの、知ったことじゃねーし!」


 ただそれだけで、マリアンヌは露骨にうろたえた。


「あーしにはあのクズみたいなカリスマはない、金もなきゃ名声だってない! ファミリーって名前を守るんなら、こうしないと、あーしには……!」


 こいつにとって、何が大事なのか。

 自分の名声と身勝手を優先しすぎたのなら、教育を誤ったというべきだな。


「名声よりも大事なものがあると、親から最初に教わるべきだった。だが、考えるほどの頭もないのなら……お前の体に、刻み込んでやろう!」


 ならば――僭越せんえつながら、私が愚か者を教育してやろう。

 全身から放たれる、悪魔を模した炎で!


「ひっ……!?」


 マリアンヌだけでなく、エクレア・ファミリーからも悲鳴が漏れる。

 無理もない、あらゆる生物は本能的に炎を恐れる。


「焼き尽くす者の炎が、あんな程度だと高を括っていたのならお笑い草だ。私は普段、炎をできる限り制御している。そうしないと、何を焼いてしまうか分からないからな」


 しかも赤い炎が、真っ青に変貌するさまを目の当たりにしているのだから、なおさらだ。


「だから、青い炎を見せるのは久しい。文字通り、目に焼き付けておけ」


 私が言葉を紡ぎ終えると、炎が一斉にマリアンヌに襲いかかった。

 ようやく我に返ったマリアンヌが大鎌を振り回すが、その程度で止められるなら、誰も炎を恐れはしない。

 悪魔の火は、触れるよりも先に大鎌を消し去る。

 灯されたろうそくよりも簡単に、鎌が黒焦げになってゆく。


「……鎌がなくなって……柄も、刃も、全部炭みたいに……!」


 そうして驚愕するマリアンヌの服に、とうとう火が付いた。

 次の瞬間、火は瞬く間に彼女を包み、焼き焦がした。


「あ、あ、ああああーっ!」


 絶叫が轟いた。

 今まで一度だって味わったことのないほどの苦しみが詰まった悲鳴は、マリアンヌの強がりや傲慢をすべて消し去るには十分だ。

 だから私は、奴の命を燃やし尽くすことまではしなかった。

 私が指を軽く鳴らすと、炎はすっかり消え去った。


「……感謝しろ。私の理性が、お前を火傷だけで済ませたんだからな」


 マリアンヌが膝から崩れ落ちる。

 はひ、はひ、とか細い声を漏らす彼女は、髪も焼けて半分ほどの長さになり、露出した肌に火傷が残っている。

 わざわざ惨めな格好にしてやったのは、反省を促すためだ。


「勝敗は決した。後はお前が負けを認めるだけだ」

「……認めるわけ……ないっしょ……!」


 もっとも、喉から絞り出したような声で反論するのは分かり切っていたが。


「……子供のワガママだな」

「何が……何が分かるってんだよ……」

「分かるさ。伊達にティラミス・ファミリーのボスを続けていない」


 仕方ない、もう少し説教をしてやろう。


「先代のボスを殺し、頂点の座を奪い取っても思い通りに行かず、がむしゃらにやっても成果が出ない。そのうち部下の心まで離れそうになって、焦って暴力でマフィアを支配したらうまくいったから、そのやり方に溺れた」


 私が話しているうち、べちゃりとマリアンヌが地面に顔を突っ伏す。

 震えている様子を見るに、死んでいないし、悔しがる気力はあるらしい。


「粗暴さに憧れた若者を片っ端から取り入れ、勢力を広げて有頂天になったお前は、他のマフィアを叩き潰せると勘違いした。そしてお前の父が敬っていたティラミス・ファミリーを疎ましく感じ、標的に選んだ……まだ、説明が足りないか?」

「う、うるさい、うるさい!」


 私が問いかけると、マリアンヌが吼えた。

 しかも、さっきまでと少し態度が違う。


「あーしは潰すわけにはいかない、あーしがやらないといけない! 他の奴らなんかに任せたら、あの男みたいに酷いことを企むに決まってる!」


 こいつは、何を言っているのか。

 このマリアンヌという女は、私ではない――誰と戦っているのか。


「……酷いこと、だと?」

「関係ない、ババアには関係ないっての! 殺すならさっさと――」


 私の疑問をマリアンヌが振り払おうとした時だった。


「――もういいだろう、小娘」


 不意に、エクレア・ファミリーの面々の中から声が聞こえた。

 問答に口を挟んだのは、ずい、と前に出てきたセザールとダニエルだ。

 彼らの冷たい目を見た時、私は嫌な予感を覚えた。


「……は? あんた、誰に言って……ぶっ!?」

「もういいと言った。その臭い息を吐く口を閉じていろ」


 そしてそれは、見事に当たっていた。

 セザールが――よりによって、自分のボスの頭を踏みつけたのだ。


「ティラミス・ファミリーのボス、ひいては構成員の皆さん。数日ほど迷惑をかけてすみませんでした、ここからは我々に任せてください」

「ぶ、ぶが……ぐっ……!?」


 ぐりぐりと、靴裏でボスの頭を地面に圧しつけながら、セザールが言う。


「本来ならキングスコート女史の手であやめられるはずだったが、もうそれも望めないだろう。あなたの優しさを咎めるつもりはない、しかし目的だけは果たさなければならないのです……すみませんが、退いていただけますか」


 深々と頭を下げて、ダニエルが言う。


「ここで彼女を抵抗できないほどに弱めてくださったのには、感謝します」


 もはやこのふたりや、エクレア・ファミリーからは敵意を感じられない。

 というより、思い返してみれば、最初から連中に敵意があったとも思えない。

 まともに我々と決闘をしようと企んでいるのは、地べたからどうにか顔を見せるマリアンヌくらいだろう。


「なにを……セザール、ダニエル、何を言ってんの……?」


 そんな彼女を冷たい目で見下し、幹部連中が言った。


「マリアンヌ、偉大なるボスを殺めた愚かな娘。お前をこれから――処刑する」


 ――ともすれば私よりも冷徹で残忍な、死刑宣告を。

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