「……ここか」
私――ユスティナ・キングスコートがファミリーの皆を連れてきたのは、寂れた倉庫が立ち並ぶ、人気のない場所。
普段なら足を運ばないようなところだが、今日だけは別だ。
今日、ここが敵対するエクレア・ファミリーの
「センスのないエクレア・ファミリーだけあるな。こんな味気ない廃屋を決闘の場所に選ぶとは、派手好きのボスにしてはくだらない選出だ」
「しかし、都合がいいともいえる。ここなら、邪魔も入らないだろう」
隣でクロスボウの調子を確かめるグレッグの脇を、軽く小突く。
「グレッグ、エドワードはどこにいる?」
「なぜ俺に聞く」
こいつめ、私にそんなはぐらかしが通用すると思うな。
「彼はお前を信頼していて、お前もあの子を信頼しているからな。それに、責任感の強いエドワードがジャッキーも置いて、こんな時にどこにもいないとは考えにくい」
視線を少し離れたところに向けると、ジャッキーが小刻みに震えている。
「ど、どどどうすんべ、いきなりスキルをぶっ放していいべやか!?」
「落ち着けっての、嬢ちゃん。俺達が戦うわけじゃないんだからよ」
先輩連中に落ち着かせてもらわなければ、ジャッキーはスキルを暴発させかねない。
あれだけ不安げな子分を置いて、エドが臆病風に吹かれるわけがないのだ。
「……別の仕事を任せてある。心配するな、小僧はなすべきことを成しているだけだ」
ここまで聞いても何も言わないなら、グレッグに任せてもいいだろう。
第一、私も他の人のことをずっと気にかけてはいられない。
「それよりも、気を引き締めろ。貴様が崩れれば、ティラミス・ファミリーは終わりだぞ」
グレッグがぎろりと前方を睨みつけると、エクレア・ファミリーの連中がやって来た。
もちろん、暗がりでも分かるくらい派手な身なりのボス、マリアンヌ・カミーユ・モンテスキューが一番先頭をどかどかと歩いている。
「ウェイウェ~イ! あんたがティラミス・ファミリーのダサいボス? だよね?」
キンキンと耳に障る、甲高い声だ。
「あーしのエクレア・ファミリーにナメた手紙送りつけてくるとかマジウケるんですけど! あーしに勝てると思ってんならバカすぎてわろける、って感じ!」
しかもそんな声で、訳の分からないことを話すのだ。
「……何を言っている? 手紙を送ってきたのは、お前達だろう?」
「は? イミフじゃん、あんたらが……」
「ボス、耳を貸す必要なんてありません。さっさとケリをつけましょう」
マリアンヌが口を尖らせていると、側近が話を遮った。
あのふたり、確か先代ボスに仕えていたセザールとダニエル、といったか。
ボスを殺されても暴君に従うとは、ファミリーへの忠誠は大したものだ。
「……んー、それもそうか。じゃ、始めんぞ」
もっとも、その相手がここまで
「ルールはあーしとあんたの一騎打ち、チャチャ入れんのはマジさげぽよなんで! 参ったとか萎えること言うなよな、どっちかが死ぬまでやっから、よろ~☆」
「…………」
「で、負けた方のファミリーは解散か、勝った方のドレーっ! あ、それと、あーしらが勝ったらそっちのエドぴをもらうから~っ!」
「……エドワードを?」
一方的に話させても構わないが、エドが話題に出れば話は別だ。
私の純朴天使を連れ帰るとなれば、こっちとしても聞き捨てならない。
「あーしにビビらんでボロカス言ってくる奴、一周回ってお気にっしょ! 今度こそアジトに連れ帰って、ションベン漏らしてワビ入れるまで可愛がってやっからな~☆」
しかも、散々痛めつけるなどとは。
彼のようなショタは、愛でてこそ真に輝くのだ。
「お前のような輩に、エドワードはやれないな。あの子はティラミス・ファミリーの将来を担う人材だ。三下に渡してやっても、もてあますだけだな」
軽く挑発してやるだけで、マリアンヌは目を血走らせる。
「……誰が三下だって? ババアが調子乗んなよ」
「すぐに挑発に乗る子供に、ボスの看板は重いだろう。今日ここで、下ろさせてやる」
私とマリアンヌが、前に出る。
双方のファミリーの視線を浴びてもなんとも思わないが、マリアンヌの方は血気が
「では、私セザールとダニエルが開戦の合図をさせていただきます」
「マフィアの伝統、戒め、誇りにのっとり、正々堂々と」
「「いざ――決闘、はじめッ!」」
そして、セザールとダニエルの宣言で決闘の幕が上がった。
「先手必勝っしょ!」
真っ先に動いたのはマリアンヌ。
こちらが先手を取るつもりはなかったが、まさかここまで好戦的とは。
奴は両手に巨大な鎌を生成して、やみくもと言ってもいいほど乱暴に振り回してくる。
「……!」
しかも、切れ味もかなり鋭い。
わずかに掠めただけでも、私の髪を何本か斬り落としてゆく。
「そっちの下っ端から聞いてねーの、あーしのスキル【
「…………」
「ボーギョできるとか考えんなし! Sランクの斬撃は、どれだけ固いものでも切り裂くっつーのッ!」
周りの倉庫の壁や地面、何もかもを削り取る斬撃。
だが、幸いにも奴が使っている武器は不可視のものや魔力で生成されたものではなく、どこまでいってもただの鎌だ。
ならば、私に焼けない道理はない。
「【業火の
鎌が私に触れる直前、全身から迸る炎が刃を黒い粉へと変えた。
本気を出さずとも家屋ひとつを簡単に木炭に変える私のスキルなら、この程度の武器はまばたきの間に焼き尽くせる。
「お前こそ、私のスキルについては聞いてなかったか? 私に近づいた物体は、何もかも焼き尽くされる。お前の力は鎌を生み出すだけの、安直な能力だ」
「ふーん、でもさ……これならどうだよ!」
すると、奴はアプローチを変えてきた。
マリアンヌが近くに転がっていた何本もの角材に触れ、すべてが大鎌になる。
そして足で思い切り蹴り上げたかと思うと、私めがけて投げつけて来た。
「この量を避けんのは、ババアの体力じゃ無理っしょ~☆」
なるほど、大鎌を飛ばすか。
どうやらこいつにも、多少の知恵はあるようだ。
「わああ!?」
「ボス、僕達にも当たりますよ!?」
――訂正しよう。
――仲間の方にも鎌が飛んでいるのに気づかないなら、こいつは大マヌケだ。
部下の悲鳴を聞いて、やっとこの女は、自分の鎌が明後日の方向にも飛んでいっているのに気づいたらしい。
だが、こいつが発した言葉は謝罪ではない。
「そんなん知らんし、ビビってるとかわろ~っ! あーしのおかげでエクレア・ファミリーとしてやってけてんだから、ぴーぴー言ってんじゃねえっつーの!」
どうやらマリアンヌという女にとって、ファミリーとは替えの利く道具らしい。
あるいはそれ以下の、使い捨ての生活用品か。
どちらにせよ、こんな態度で人材を使い潰すなど、もう同じボスとして見てはいられない。
「……それで、ボスのつもりか」
いいや、こいつはボスの器ではない。
エドワードがここにいれば、きっと同じことを言っていただろうな。
「はぁ?」
「ファミリーを消費する道具とでも思っているのか。ボスの立場を守る浅はかな承認欲求の代償を一度でも
鎌の鋭さが微かに鈍った時、私はしっかりと奴を捉えた。
「――考えたことが、あるか」