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第31話 潜入、エクレアのアジト

 エクレア・ファミリーのアジトは、カポールの街のほとんど端にあった。

 さすがにティラミス・ファミリーと接触するほどの距離には置かないとは予想していたけど、昼から狼に乗って来ても、到着したのは夕方だ。

 しかも僕が活動しているところを誰にも見られちゃいけないから、かなり迂回する羽目になったんだ。

 でも、おかげでほとんどの人に見られずに、アジトの近くまで来られた。

 外見はただの工務店だけど、中からかすかに漂うマリーさんの匂いはごまかせないよ。


(人が少ない……皆、決闘で出払ってるのかな?)


 狼と一緒に草むらに隠れながら、僕は外の様子をうかがう。

 ファミリーの本拠地だというのに、見張りらしい構成員は4、5人しかいない。


「どちらにしても好都合だ――【狼のウルフブラッド】」


 だったら、今のうちにさっさと制圧してしまおう。

 僕が指示すると、2匹の狼がするりと草むらから出て、アジトの入り口あたりにちょこんと座った。

 まるで、木製の工芸品のようにね。


「なんだこりゃ、新しい置き物か……んぎゃっ!」


 もちろん、作り物と勘違いして近寄ってきた赤いスーツの男は、頭をかじられてKO。


「おい、どうした!? 何があった!?」


 声を聞いて人が集まってくれば、なお都合がいい。


「ぐえっ!」

「うわぁ!?」


 いきなり跳びかかる狼に、不意打ちで勝てる人間はほぼいない。

 どこかで読んだけど、人間と猫が一対一で勝負する時、人間は日本刀を持って初めてフェアな強さになるとか、ならないとか。

 猫でもそれほどまでの戦力差があるのに、狼に勝てるわけないよね。


「わ、わ、わああああああ!」

「痛ででで!」

「んが……ぎゃっ」


 たちまち敵は噛まれ、踏まれ、突撃されて倒されてゆく。

 そうして誰が地にせたのを確かめてから、狼は器用に口で扉を開けて、どかどかと中を走り回ってから、僕のところに帰ってきた。


「どう? 他に、アジトの中に人はいた?」


 僕の問いに、狼は首を横に振る。


「ありがとう。それじゃあ、お邪魔するとしようかな」


 まだ敵が起き上がらないかを確認しながら、僕はこっそりアジトに足を踏み入れた。

 アジトはティラミス・ファミリーのそれよりも、無駄に豪華で広く見えた。

 いつもならマフィアで賑わっているんだろうけど、今は幽霊屋敷のように静かだ。


(本当に誰もいないな……仮にティラミス・ファミリーを罠に嵌めるつもりだとしたら、リスクを鑑みて最低限の人数で行くはずだ。つまり、その線は消えたわけだね)


 だからこそ、エクレア・ファミリーの動きが謎に満ちてゆく。

 嫌な予感を胸に抱きながら、僕はアジトの一番奥の部屋まで狼に案内させた。


「……ここが、ボスの部屋……先代ボスの部屋でもある、か」


 鍵もかかっていない不用心な扉を開けると、鼻をつく刺激臭が漏れ出した。


「うぇ、匂いがきつすぎる……! 狼が匂いを覚えられないかも……」


 顔をしかめる狼の頭を撫でながら、派手な装飾が施された部屋の中に入る。

 女性らしくきれいにまとめられているけど、それだけじゃないって確信がある。


 ――マリーさんは、先代ボスのエミールさんにひどい嫌悪感を抱いてた。

 ――あれが単なる嫉妬とかじゃないとして、もっと深い理由があるはずだ。


 そしてその謎を解き明かす鍵を、僕はポケットの中から取り出した。


(グレゴリーさんがもらった腕時計……多分、エミールさんの私物だ。先代ボスの匂いが、まだ残ってるなら……)


 古びた腕時計の匂いを嗅がせると、狼はとてとてと部屋の一番奥に向かい、軽く鳴いた。

 狼が止まったあたりだけ、壁の色がわずかに違う。

 まるで、そこだけを後から封鎖したように。


「……ビンゴだ!」


 間違いない――ここには何かが隠されている。

 そう確信した僕は、近くにあったタンスと椅子、テーブルをすべて狼に変えた。


「五頭の狼、材質は部屋でも一番固い家具! 行くよ、一気にぶつかれーっ!」


 そして、掛け声とともに、壁に向かって一気に突撃させた。

 壁は思ったよりもあっさりと、音を立てて崩れてゆく。

 中から聞こえてきたのは空気が満ちる音、見えてきたのは薄暗い部屋だ。


「やった! やっぱり、隠し部屋があったんだ……!」


 謎を解いた喜びはひとまず置いといて、僕は狼と一緒に部屋に入った。

 閉鎖された部屋なのに、埃が全然舞わない。

 つい最近、匂いからしても去年かそれより少し前くらいに塞がれたみたいだね。

 おまけに金銀財宝があるわけでも、武器があるわけでもないのなら、何のために、ここは封印されていたんだろうか。

 マリーさんの部屋から差し込む光を頼りに隠し部屋を物色してると、ふと狼が何かを見つけたのか、僕の袖を引っ張ってテーブルのそばに連れてきた。

 暗がりでも変色したのが分かるテーブルの上に置かれているのは、紙の束だ。


「……これは……資料?」


 何かの資料らしい紙を掴み、僕はさっと目を通した。

 本当に、何が書かれているのかをちょっぴり確かめただけだ。


「――そんな」


 たったそれだけで、僕は鳥肌が立った。

 書かれているのはすべて、口にするのもはばかられるような恐ろしい内容だからだ。


(グレゴリーさんは、先代ボスのエミールがボスとしての品格が溢れる人だって言ってた! でも、この資料が正しいならエクレア・ファミリーの先代ボスは、彼を騙すほどの皮の厚さと残忍さを併せ持つ、最低の人間だ!)


 エミールという男が、エクレア・ファミリーの立役者?

 仁義を通したマフィア?

 冗談じゃない、彼は間違いなくその真逆の人間だよ!


(マリーさんが先代ボスを殺したのも、嫌だけど理解できる! こんな人を放っておけば、カポールどころか街中がとんでもないことになってた! そしてボスを崇拝しているのが今のメンバーなら、マリーさんは邪魔に違いない!)


 僕の頭の中で、パズルが恐ろしいほど噛み合ってゆく。




 エミールの正体。

 マリーさんが彼を手にかけた理由。

 彼女ではなく先代ボスを慕う部下。

 そして、マリーさんが出していないであろう決闘の果たし状――。




「……まさか、マリーさんの部下は……!」


 結論を導き出すのとほぼ同時に、僕は狼の背に乗っていた。


「【狼の掟】! 最速で決闘の待ち合わせ場所に行ってくれ!」

『ウオォーンッ!』


 窓を突き破り、アジトの前に着地した狼が駆けてゆく。

 ここに来るまでは人目を気にしていたけど、今はそんな余裕はない。

 最悪の事態が起きたなら、一番悲惨な目に遭うのはティラミス・ファミリーでも、エクレア・ファミリーでもない。


(間に合ってくれ……そうじゃないと、マリーさんが……!)


 ひたすらマリーさんの無事を祈りながら、僕と狼は決闘の地へと走っていった。

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