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第30話 おかしな果たし状

 僕が決闘の話をジャッキーから聞いたのは、カポールの露店の前だった。

 日用品の買い物なんて仕事をほっぽり出して、僕は当然アジトにとんぼ返りだ。


「グレゴリーさん、皆! 決闘って、エクレア・ファミリーが果たし状を……」


 ぜいぜいと息を切らしてアジトに入った僕をリビングで待っていたのは、グレゴリーさんと数人の幹部、部屋を埋めるほどの構成員の皆。

 誰もが神妙な面持ちだったけど、僕を見ると少しだけ表情が和らいだように見えた。


「落ち着きな、坊主」

「ちょうどオズボーンの旦那が、あなたを呼ぼうとしてたのよ。さ、こっちに来て」


 ファミリーの仲間に促されるまま、僕はグレゴリーさんの傍に立った。


「……決闘の件は本当なんですか、グレゴリーさん」

「くだらん嘘はつかん。これが果たし状だ、貴様も読むといい」


 眉間にしわを寄せる彼に手渡されたのは、一枚の重厚な紙だ。

 色々と書いてあるけど、ほとんどぐちゃぐちゃな文字とギャル語で、読みづらい。

 辛うじて読み取れた文章を要約すると、以下の通りだ。


 ・エクレア・ファミリーがティラミス・ファミリーの影に隠れるのは終わりだ。

 ・ボス同士の決闘で決着をつける。

 ・今日の真夜中、北東のバビル廃倉庫地帯で待つ。


 紛れもなく、これはエクレア・ファミリーからの果たし状だ。


「そんな……ボス同士で決闘だなんて!」


 グレゴリーさんが頷いた。


「連中はチンピラの集まりだと思っていたが、抗争で街を滅茶苦茶にしないだけの理性はあるらしいな。ボス同士の決闘であれば、雌雄しゆうが決まればその結果に従うしかない。合理的で、こちらとしてもありがたい」

「ありがたいって、まさか……」


 僕の問いにはグレゴリーさんじゃなく、後ろから聞こえた声が答えてくれた。


「売られた喧嘩だ。ボスとして、引き下がるわけにはいかない」

「ティナ!」


 つまり、ティラミス・ファミリーのボス、ユスティナだ。

 ティナがリビングに入って来ただけで、周囲の空気がさっと変わった。

 誰も彼もが、一斉に引き締まったような雰囲気だ。


「現実の見えていない子供にお仕置きするのも大人の役目だ。こちらとしては、邪魔者を公僕こうぼくの邪魔が入らないところで消す好機が来たくらいだな」


 ふう、と小さなため息をついたティナが、皆に言った。


「今夜、完全にエクレア・ファミリーを街から消し去る。皆、ついて来てくれるな?」

「「はいっ!」」


 ボスの一言に、全員が応えた。

 つまり、ティラミス・ファミリーが敵を完全に討ち滅ぼすと決めた証だ。


「今日の仕事はすべてキャンセルだ。約束の場所に人が来ないよう、手配しておけ」


 ティナが命令すると、一斉にファミリーの皆が動き出す。

 ジャッキーも他の構成員に連れて行かれる中、僕はリビングから出て階段を上っていくティナの後ろ姿を、じっと見つめていた。

 それにしても、トラブルが起きてたった数日で決闘まで持ちかけるなんて、そんなにティラミス・ファミリーへの憎しみが強かったのかな。

 僕からしてみれば、闇ポーションの市場独占のために、どちらかが死ぬかもしれない決闘を持ちかけるなんて、バカげているとしか思えない。

 まあ、マリーさんのことだから、自分が負けるなんて想像してないんだろうけど。

 なんて考えながらテーブルに視線を戻した僕は、なんとなく手紙を拾い上げた。


(……ん? マリーさんから送られてきた手紙……なんだろう、違和感が……)


 違和感の正体を探るように、手紙を鼻に近づける。

 そしてすぐに、マリーさんにあって、手紙にないもの――おかしさの正体を悟った。


(やっぱり! この手紙はおかしい、マリーさんのきつい香水の匂いがちっともしない!)


 そうだ。

 初めてあの人に会った時、トラブルが多すぎて気にならなかったけど、全身に香水を振りまいていたせいかフローラルな匂いがしてたんだ。

 でも、この手紙からはまったくしない。

 あれだけ香水をつけておきながら、私物や触れたものから匂いが微かにもしないなんて、絶対におかしい。

 つまり、この手紙は――。


(……まさか!)


 いても立ってもいられず、僕はリビングを飛び出した。

 そして、まだ廊下をひとりで歩いているグレゴリーさんを捕まえた。


「グレゴリーさん! 少しお話したいことがあるんです!」

「なんだ、やぶから棒に」


 怪訝けげんな顔のグレゴリーさんに、僕はあの手紙を突き出す。


「……この手紙、マリーさんが送ってきたような文面でしたけど、僕のスキルがマリーさんの匂いを嗅ぎつけませんでした」


 狼に嗅がせてみればもっと確実だろうけど、スキルに覚醒した僕の嗅覚が感じ取れないのなら、匂いはないと思っていいはず。

 文章はマリーさんを感じさせるのに、彼女の特徴がないなんてありえない。


「あの人はすごく匂いのきつい香水をつけていて、私物にだって移っているくらいなのに、手紙から微塵も嗅ぎ取れないなんて、おかしくないですか?」

「……何が言いたい?」

「……もしも、マリーさんが送ったように見せかけた、赤の他人の手紙だとしたら?」


 グレゴリーさんの眉が、ぴくりと動く。


「罠というわけか?」

「そうかもしれませんが、もしも罠ならティナだけを連れ出すと思います。自警団や警邏隊と繋がりがあるのなら、誰もいないところで僕らを捕まえるより、ここに突撃させた方が自分達の権力をアピールしやすい……むしろ……」


 むしろ、マリーさんに都合が悪い物事に流れようとしている。

 そう言おうとする前に、グレゴリーさんが眼帯を外して、橙色の目を見せた。


「……俺の【鑑定眼ハイアナライズ】も、同じ結論を出した。ティナには報告済みだ」


 僕は目を丸くした。

 確かにグレゴリーさんのスキルは、鑑定よりもずっと強力なスキルだ。

 よく考えてみれば、手紙が本物かを確認するなんてずっと簡単なはず。


「えっ!? じゃあ、最初から知ってたんですか!?」

「当然だ。エクレア・ファミリーも決闘を拒めば舐められると知っているから、こんな安直な手紙を出してきた。まあ、罠だろうと何だろうと、乗ってやるとしよう」


 手紙が怪しいと知っているなら、どうして決闘を受け入れたのか。

 疑問に思う僕の手を握って、グレゴリーさんが言った。


「だが、思い通りにはさせん。エドワード、奴らの隠し事を暴いてこい」


 彼は僕の手に、何かを握らせた。

 それが何であるかを見た時、僕もすべてを悟った。


 ――そうか。

 グレゴリーさんは僕を信頼しているからこそ、この決闘を受け入れた。

 最悪の決着がつく前に、僕が真相を突き止めると信じているから。

 だったら――なすべきことは、もう分かってる。


「……はい!」


 僕は強く頷き、アジトを飛び出した。




 その日、僕はひとりだけファミリーの集団行動から外れた。

 グレゴリーさんからアイテムを預かって目指す先は、エクレア・ファミリーのアジトだ。

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