僕らが座ってすぐに、ウェイターがやってきた。
けどその顔はひどく青ざめてて、まるで台風でも訪れたかのような怯え方だ。
「……い、いらっしゃいませ……ご注文をどうぞ……」
「あーしはいつもの。そっちのちびっ子は?」
ふんぞり返って座る女性の態度からして、ここはエクレア・ファミリーと縁があるカフェに違いない。
そんなところの近くにお使いに行ったのかと思うと、我ながらぞっとする。
ついでにこんな情報を教えてくれなかったグレゴリーさんにもぞっとする。
いや、あの人なら確実に教えてくれるはずだ。
つまりエクレア・ファミリーは、ティラミス・ファミリーが知らないところまで陰で勢力を広めているんだ。
「お水をいただければ」
「お、おいらも……」
ひとまず注文する僕らを見て、少女が吹き出した。
「水とかジジイかっつーの! あーしのがシメてるカフェだから遠慮しなくていいのに、マジウケる~っ!」
げらげら笑う彼女と努めて目を合わせないように、ウェイターはそそくさと店の奥に駆けていった。
さて、僕はというと椅子に腰かけてはいるけど、スキルは使えそうにない。
【狼の
僕はともかく、ジャッキーが真っ先に狙われるはずだ。
なんせ、さっき自分よりも彼女を大事にするさまを見られたんだから。
(どうにか隙を見つけて逃げ出さないと、この人は……何をするか分からない……!)
何とかしようともがく僕を、彼女はあざ笑う。
「でさー、あんたらがティラミス・ファミリーに最近入ってきた新人なん? なんかヤバめのスキル持ってるとか聞いたけど、マジ?」
高圧的な態度で、しかも乱暴な人だ。
でも、相手のペースに乗っちゃいけない――まずは冷静に、話し合いの場を作らないと。
「……その前に、マフィアの礼儀にのっとって、自己紹介をしませんか。僕はエドワード・マックスウェル。こっちは僕の部下の、ジャッキー・ペッパーです」
僕が紹介すると、ジャッキーは怯えながらもぺこりと頭を下げる。
何が彼女の逆鱗に触れるか分からないけど、ひとまず問題はなさそうだった。
「エドぴに、ジャキ子ね。よろ~」
「エドぴ?」
「ジャキ子?」
少なくとも、僕らに妙なあだ名をつけて笑うくらい、今は余裕があるようだ。
「あーしはマリアンヌ。マリアンヌ・カミーユ・モンテスキュー。カポールでエクレア・ファミリーのボス務めさせてもらってるんで、シクヨロ」
「ファミリーの……ボス……!」
僕は息を呑んだ。
予想はしていたけど、まさか、この人がエクレア・ファミリーのボスなんて。
「ついでに、後ろの奴らはあーしの部下でもみーんな使いもんになんねーから、覚えなくていーよ。あと、長いし苗字の方で呼ばれるのうぜーし、マリーって呼べよな」
もしかすると、ティナのように実はフランクに接しても問題ないのかも。
「……マリーさん。どうして闇ポーションの取引現場で、ティラミス・ファミリーの組員を襲わせたんですか?」
そんな風に考えながら、僕は話を続けたけど、これがまずかった。
「聞いてどうすんの? てめーら、あーしの暇つぶしで生きてるだけって忘れてね?」
マリーさんの目の色が突然変わって、僕をぎろりと睨みつけた。
彼女がどこで苛立ち、どこで喜ぶのか。
こうなればさっぱり分からないし、どうにか琴線に触れないように祈りながら情報を聞き出すしかない。
「『首切り女王』。あーしがこう呼ばれてるってのをハアクして喋れよ☆」
「アニキ……黙ってないと殺されるべ……!」
がちがちと歯を鳴らすジャッキー。
気持ちはわかるけど、きっと黙っていても殺されるよ。
「別のやり方があったはずです。おかげで都から自警団が来るかもしれないし、マフィアの抗争を恐れている人もいます。ボスならもうちょっと、思案して行動するべきです」
「アニキぃ……!?」
僕が挑むように問いかけると、マリーさんは少し驚いたようだった。
しかも僕みたいな子供に反論されるのは予想外だったみたいで、いきなり手が出る様子もなく、ただ鼻を鳴らすだけだ。
よかった、このリアクションは問題なさそうだ。
もしかすると、これまでは脅してやれば黙るような相手ばかりだったのかもしれない。
「……ムカつくもん、何かもぶっ潰してやりゃあ解決するっしょ」
そう答えるマリーさんの声は、どこか自嘲にも聞こえた。
「あーしがティラミス・ファミリーをぶっ殺して、カポールを統一すりゃ全部丸く収まるワケ。ギャーギャーうるせー奴が都から来たら、このファミリーのボス、マリーがぜーんぶブチ壊して黙らせてやるじゃん☆」
だとしても、彼女の横暴は聞けば聞くほど放っておけないと確信できる。
マリーさんの目的は、ティラミス・ファミリーの壊滅だ。
しかもただ滅ぼすだけじゃない。
ティラミスを撃破して、他の勢力がやってきたらそれも倒す。
この人の暴虐は、留まるところを知らないだろう。
ついでに、後ろに立ち並ぶ部下の皆の顔を見れば、彼女に賛同していないのが分かる。
呆れ、不安、恐れ――強面の部下の表情からは、それだけしか読み取れないんだ。
「こ、この人おかしいべ、アニキ……!」
「本当にそれで納得するんですか、あなたの部下は――」
思わず僕の語気が強まりそうになった時、ウェイターが戻ってきた。
「お、お待たせしました……フェアリーの羽コーヒー、ノンシュガーです……」
マリーさんの前に置かれたのは、焦げ茶色のややドロッとしたコーヒーだ。
「来た来た! あーしのお気に入り、これ飲んでバイブス上げてから仕事しねーと……」
彼女はにっと笑って、コーヒーの入ったカップに軽く口をつけた。
だけど、それをほんの少しだけ飲んだ彼女の顔がたちまち
「ぬるい」
「おぶっ!」
そして冷たく言い放つと、ウェイターの顔にコーヒーをぶちまけたんだ。
火傷しそうなくらいの湯気と、ウェイターのもだえ苦しむ表情からして、ぬるいはずがない。むしろ、マリーさんの好みに合わせて熱くしているくらいだろう。
「淹れ直せ。次ぬるいコーヒー持ってきたら殺すぞ」
「ず、ずびばぜん……」
なのに、彼女はぺこぺこと謝るウェイターの足を蹴り飛ばした。
これじゃあまるで、憂さ晴らしをしているみたいじゃないか。
彼女がマフィアのボスだって?
いずれティナが率いるファミリーを、滅ぼしてやるって?
「そんで、何の話だっけ? あーしがティラミス・ファミリーをぶちのめして――」
そんなのを、許せるはずがない。
今の彼女は思いやりのかけらもない、女王の座にのさばる暴君だ。
これ以上、マリーさんの話なんて聞いていられない。
「――あなたは、ボスにふさわしくない」
僕は恐れを捨て、腹の底から湧き出した感情を解き放った。