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第26話 最悪のエンカウント!

「……っ!?」


 僕もジャッキーも、ぞっと背筋が凍り付いた。

 気さくではきはきした声色だというのに、鋭さだけは騎士の剣にも匹敵する。

 僕らの肩にかけられた手も、血色はいいのだけれど、恐ろしいほど冷たいんだ。


「こんなところを子供ふたりで歩いてるなんて、危機感なさすぎじゃね? 最近悪いレンチューがうろうろしてんのにさ、お使いなんてマジウケるー☆」


 そして確信した――彼女はマフィアだ。

 彼女の姿ははっきりとは見えないけれど、僕らの後ろから、少しだけ振り返った先に見える面々の姿がその答えだ。

 緋色のスーツに、深紅のネクタイ。

 サングラスに、傷だらけの顔に、屈強な体つき。

 間違いない。

 彼女だけじゃない――彼らは皆、マフィアだ。


「そのポーションの素材、どこに持ってくわけ? ね、あーしに教えてくんね?」


 しかも僕が、ポーションの素材を持っているということまでバレてる。

 いったいいつから、どこから僕らの正体が知られて、尾行されてたんだろうか。


「アニキ……」


 ジャッキーが震える声で助けを求めるのとほぼ同じタイミングで、幸いにも女性の顔が、ぱっと僕らの間から離れた。

 小声で会話をするくらいの余裕はあるはず。

 逆に言えば、このチャンスを逃せば僕らに逃げる好機はない。


「僕の合図で、【影人間シャドーネイバー】を使うんだ。あの人達と僕らの間に、ピザの生地みたいに薄く広く伸ばしてくれ。道と敵の視界を塞いで、その隙に逃げるよ」

「わ、分かったべよ……!」


 仮に聞こえているとしても、逃げる手段はこれしかない。


「……今だ、ジャッキー!」


 僕は大声で叫んで、ジャッキーに合図した。

 少しでも威嚇になればと思った声が響くのと同時に、ジャッキーの背中から影人間が飛び出そうとした――。


「させねえっての」


 けど、その前に僕の体が突然倒れ込んだ。


「ぐあっ!?」

「アニキ!?」


 何が起きたのか分からないまま、僕は仰向けに地面に叩きつけられてしまう。

 どうにか起き上がろうとして力を込める前に、僕は動いてはいけない、動けば間違いなく殺されると直感した。

 焦りを隠せないまま自分の首元を見ると、ぎらりと光る刃が突きつけられていた。


(何だこれ!? どこからこんなものを出したんだ、まさかこの人もスキルを持ってるのか!?)


 どんな能力か、そもそも能力かも怪しいけど、狼にすれば支配できるはず。


「この、【狼の《ウルフ》】――」


 指先ひとつでも触れられればと伸ばした僕の手は、誰かに思い切り踏みつけられた。


「うあぁっ!」


 鈍い痛みがはしり、手のひらが地面に縫い合わせられる。

 これじゃあスキルが発動できないと歯軋はぎしりするよりも、僕は大きな過ちに気付いた。

 抵抗するより先に、ジャッキーに逃げるよう命令するべきだ。

 少なくとも荷物を彼女に渡せば仕事は完遂できるし、何者かが僕らを襲った事実をグレゴリーさんに伝えられる。

 絶対にそうするべきだと判断したけど、時すでに遅し。

 彼女は押し倒され、うつ伏せに倒れ込んでいた。


「きゃああっ!」


 しかもジャッキーの首にも、刃物があてがわれている。

 僕はそれが何なのかを、ようやく理解できた。

 ――鎌だ。

 死神が振るうような巨大な鎌が、ジャッキーと僕の首を刈ろうとしてるんだ。


「ジャッキー! よせ、彼女には手を出さないでくれ!」


 思わず叫ぶと、女性は僕を仰向けにひっくり返して、馬乗りになってきた。

 そうしてやっと、僕は彼女がどんな容姿かをやっと見ることができた。


 歳は10代後半。

 カールを巻いた金髪と濃い目の化粧、短いスカートとはだけたシャツ――僕の前世でいうところの、典型的なギャルと呼ぶにふさわしい見た目と言っていい。

 指輪やネックレス、ピアスも含めて異様なほど派手な装飾だ。

 おまけにふたつの鎌を振るっているのは、彼女なんだ。


「んー、あんたが決めることじゃなくね? セーサツヨダツはあーしが握ってんだし、つーか口答えされっと逆にイラつくから黙ってろっての」


 口を尖らせる彼女の傍にいた男が、僕の手を持ち上げて指輪をかざす。


「ボス、こいつらの指輪を見てください。あいつらの仲間の証です」

「あ、やっぱしティラミス・ファミリーなんだ。頼まれただけのお使いってわけじゃなさそうだしさ、とりま話聞かせてほしーんだけど」

「……何の話を……?」


 僕の問いかけを聞いて、彼女はずい、と顔を近づけて恐ろしい笑みを浮かべた。


「あーしが聞きたいこと全部。断ったらここで殺すから、シクヨロ」


 冗談では済まない。

 彼女は、殺るといったら殺る。

 僕どころかジャッキーも、下手をすれば騒いでいる目撃者を殺しにかかるかもしれないし、生首をファミリーに送り付けることだってしかねない。

 人があまりいないとはいえ、夜道ですらない白昼にこんな凶行をしてのける人に、とても常識なんかが通用するとは思えないんだ。


「アニキぃ……」


 涙目のジャッキーを励ますように頷いてから、僕は口を開いた。


「……分かった、従うよ。ここで拘束されたまま、話せばいいのかい?」

「んなダサいことしねーし。そこのカフェでゆっくりジンモンしてやるじゃん☆」


 にやりと笑う女性の視線の先にあるカフェからは、もう客がすっかり逃げ出していた。

 彼女が立ち上がり、僕とジャッキーは一時的に解放される。

 それでも、とてもじゃないけど10人はくだらない悪漢から逃げ出せる気はしない。


「……アニキ、どうするべ……?」

「……従うしかない。なるべく、刺激しないようにね」


 僕らはただ、背中を乱暴に押されて、カフェのテラスに座るほかなかった。

 ジャッキーの手前で平静を取り繕っているけど、僕の心臓は今にも飛び出しそうだった。

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