「……っ!?」
僕もジャッキーも、ぞっと背筋が凍り付いた。
気さくではきはきした声色だというのに、鋭さだけは騎士の剣にも匹敵する。
僕らの肩にかけられた手も、血色はいいのだけれど、恐ろしいほど冷たいんだ。
「こんなところを子供ふたりで歩いてるなんて、危機感なさすぎじゃね? 最近悪いレンチューがうろうろしてんのにさ、お使いなんてマジウケるー☆」
そして確信した――彼女はマフィアだ。
彼女の姿ははっきりとは見えないけれど、僕らの後ろから、少しだけ振り返った先に見える面々の姿がその答えだ。
緋色のスーツに、深紅のネクタイ。
サングラスに、傷だらけの顔に、屈強な体つき。
間違いない。
彼女だけじゃない――彼らは皆、マフィアだ。
「そのポーションの素材、どこに持ってくわけ? ね、あーしに教えてくんね?」
しかも僕が、ポーションの素材を持っているということまでバレてる。
いったいいつから、どこから僕らの正体が知られて、尾行されてたんだろうか。
「アニキ……」
ジャッキーが震える声で助けを求めるのとほぼ同じタイミングで、幸いにも女性の顔が、ぱっと僕らの間から離れた。
小声で会話をするくらいの余裕はあるはず。
逆に言えば、このチャンスを逃せば僕らに逃げる好機はない。
「僕の合図で、【
「わ、分かったべよ……!」
仮に聞こえているとしても、逃げる手段はこれしかない。
「……今だ、ジャッキー!」
僕は大声で叫んで、ジャッキーに合図した。
少しでも威嚇になればと思った声が響くのと同時に、ジャッキーの背中から影人間が飛び出そうとした――。
「させねえっての」
けど、その前に僕の体が突然倒れ込んだ。
「ぐあっ!?」
「アニキ!?」
何が起きたのか分からないまま、僕は仰向けに地面に叩きつけられてしまう。
どうにか起き上がろうとして力を込める前に、僕は動いてはいけない、動けば間違いなく殺されると直感した。
焦りを隠せないまま自分の首元を見ると、ぎらりと光る刃が突きつけられていた。
(何だこれ!? どこからこんなものを出したんだ、まさかこの人もスキルを持ってるのか!?)
どんな能力か、そもそも能力かも怪しいけど、狼にすれば支配できるはず。
「この、【狼の《ウルフ》】――」
指先ひとつでも触れられればと伸ばした僕の手は、誰かに思い切り踏みつけられた。
「うあぁっ!」
鈍い痛みが
これじゃあスキルが発動できないと
抵抗するより先に、ジャッキーに逃げるよう命令するべきだ。
少なくとも荷物を彼女に渡せば仕事は完遂できるし、何者かが僕らを襲った事実をグレゴリーさんに伝えられる。
絶対にそうするべきだと判断したけど、時すでに遅し。
彼女は押し倒され、うつ伏せに倒れ込んでいた。
「きゃああっ!」
しかもジャッキーの首にも、刃物があてがわれている。
僕はそれが何なのかを、ようやく理解できた。
――鎌だ。
死神が振るうような巨大な鎌が、ジャッキーと僕の首を刈ろうとしてるんだ。
「ジャッキー! よせ、彼女には手を出さないでくれ!」
思わず叫ぶと、女性は僕を仰向けにひっくり返して、馬乗りになってきた。
そうしてやっと、僕は彼女がどんな容姿かをやっと見ることができた。
歳は10代後半。
カールを巻いた金髪と濃い目の化粧、短いスカートとはだけたシャツ――僕の前世でいうところの、典型的なギャルと呼ぶにふさわしい見た目と言っていい。
指輪やネックレス、ピアスも含めて異様なほど派手な装飾だ。
おまけにふたつの鎌を振るっているのは、彼女なんだ。
「んー、あんたが決めることじゃなくね? セーサツヨダツはあーしが握ってんだし、つーか口答えされっと逆にイラつくから黙ってろっての」
口を尖らせる彼女の傍にいた男が、僕の手を持ち上げて指輪をかざす。
「ボス、こいつらの指輪を見てください。あいつらの仲間の証です」
「あ、やっぱしティラミス・ファミリーなんだ。頼まれただけのお使いってわけじゃなさそうだしさ、とりま話聞かせてほしーんだけど」
「……何の話を……?」
僕の問いかけを聞いて、彼女はずい、と顔を近づけて恐ろしい笑みを浮かべた。
「あーしが聞きたいこと全部。断ったらここで殺すから、シクヨロ」
冗談では済まない。
彼女は、殺るといったら殺る。
僕どころかジャッキーも、下手をすれば騒いでいる目撃者を殺しにかかるかもしれないし、生首をファミリーに送り付けることだってしかねない。
人があまりいないとはいえ、夜道ですらない白昼にこんな凶行をしてのける人に、とても常識なんかが通用するとは思えないんだ。
「アニキぃ……」
涙目のジャッキーを励ますように頷いてから、僕は口を開いた。
「……分かった、従うよ。ここで拘束されたまま、話せばいいのかい?」
「んなダサいことしねーし。そこのカフェでゆっくりジンモンしてやるじゃん☆」
にやりと笑う女性の視線の先にあるカフェからは、もう客がすっかり逃げ出していた。
彼女が立ち上がり、僕とジャッキーは一時的に解放される。
それでも、とてもじゃないけど10人はくだらない悪漢から逃げ出せる気はしない。
「……アニキ、どうするべ……?」
「……従うしかない。なるべく、刺激しないようにね」
僕らはただ、背中を乱暴に押されて、カフェのテラスに座るほかなかった。
ジャッキーの手前で平静を取り繕っているけど、僕の心臓は今にも飛び出しそうだった。