次いで、山ほどの足音が誰もいない通りに響き、僕らを追いかけてくる。
「いくよ、ジャッキー! 【狼の
「はいだべ、アニキ! 【
走りながら、僕らは一斉にスキルを発動させた。
マフィアと卑怯者なんかに、アルマさんを渡すわけにはいかない!
追ってくる敵に対して、僕は通りに並んだ木箱や
「【狼の掟】!」
もちろん、途中でそれらを狼に変えるのも忘れない。ほどほどのサイズのものを変身させたのだから、当然狼のサイズも相応に大きい。
3匹の狼は唸り声を上げながら、僕が指さした先の追っ手にめがけて突進した。
「なんだこいつ、初めて見るスキルだ!?」
「かまうこたねえ、女だけ
噛みつき、体当たりをする狼の連撃をどうにか通り抜けてくる暴漢に対しては、もうひとりの用心棒が相手をする。
しかも彼女は――というより彼女のスキルは、僕よりもずっと容赦ないぞ。
「させねえべや! 【影人間】、あいつらをぶってやれ!」
「ぎゃあああッ!?」
ジャッキーのわずかな影から生まれた影人間は、どれだけ鈍器で殴られても、ナイフで斬られてもまったく意に介さず、巨大な腕で敵を殴り飛ばしてゆく。
ただ、相手は知らないだろうけど、サイズもパンチ威力もいつもの半分程度しかない。
やっぱり、影が小さい夜だと影人間のスペックも下がってしまうみたいだ。
「アニキ、影人間の力がへなちょこだべ! 数も多いし、これじゃあ……」
「敵をやっつけるのが目的じゃない、アルマさんを避難させれば僕達の勝ちだ! 人通りの多いところか、ここからならファミリーの仲間がいる宿屋に……」
敵を足止めできていて、アルマさんにはまだ誰も手を触れさせていない。
そんな慢心が、恐らく僕の集中力をほんの少し削いでしまっていたんだ。
「……アニキ、ラットのやつがいねェべ!」
「なんだって!?」
彼女を狙っていたラットの姿が、どこにもないのにやっと気づいたんだから。
彼のスキルは、狼にも追えない完全な透明化だ。迂闊に近寄らせるのは危険すぎる。
(ラットがいない!? バカな、どこに逃げた……!?)
ジャッキーと狼に戦闘を任せた僕が、アルマさんを引き寄せるより先に、彼女の体が何かに引っ張られるように動いた。
「きゃああっ!」
「アルマさん!」
見ると、姿を現したラットが彼女の首を掴み、ナイフを喉元に突き立てていた。
「ふぅ……ひとまず、そこのガキふたりはスキルをしまってもらおうか」
狼をけしかけたいけど、今のラットは危険だ。
こちらが
「こんにゃろ、卑怯だべ!」
「よせ、ジャッキー……分かった、スキルは解除する」
「ククク、物わかりのいい子供だ」
「こっちはスキルを使わない。だから、アルマさんを傷つけないでくれ」
「さてね」
舌なめずりする敵の卑劣さは許せないけど、アルマさんを傷つけるわけにはいかない。
狼を木材に戻し、影人間が影の中に消えるのを見たラットは、にやりと笑った。
「さて……僕との運命を受け入れて、この街を一緒に出てくれるなら、命は助けるよ。もしも断るなら、僕とここで一緒に死んで、永遠に傍にいておくれ」
僕らが息を呑む中、アルマさんは鼻を鳴らしてラットの求婚を拒んだ。
「こうでもしないと好き勝手できない男に、女がなびくと思う?」
「そうか。じゃあ、残念だけど君の清らかな心だけをいただくよ――」
ラットが苛立った調子でナイフを振るった。
けど――お前の思い通りにはさせない!
「――うぎゃあああああっ!?」
僕が手を突き出す合図を見て、アルマさんの服の中から飛び出したものがラットの指を噛み千切った。
ドレスの中に潜んでいたのは、あらかじめ用意してた小さな狼。
これが、アルマさんに渡していたアイテム。
油断した
「大丈夫ですか、アルマさん!」
三本も指を失って悶絶するラットを横目に、僕とジャッキーがアルマさんを抱えた。
ナイフが触れたところもないようで、僕はほっと胸をなでおろす。
「あなたの秘密道具が、私を助けてくれたのね。ありがとう、エドワード君」
「すごいべ、アニキ!」
褒めてくれるのは嬉しいけど、油断はまったくできない。
指が三つも欠けてもアルマさんを諦めちゃいないのは、恐ろしい執念だね。
「こ、このぉ……まだだ、まだ僕には金で雇った連中が……!」
――もっとも、今となってはもう、ちっとも怖くない。
強面の暴漢達がもう一度武器を構えていようが、何も恐れるわけがない。
「……いいや、もう僕達が戦う必要はない」
「へ? アニキ、そりゃあどういうことだべ?」
絶対的な勝利と安心を確信した僕は、【狼の掟】を解除した。
なぜかって?
「僕達よりずっと怖い人達のおでましさ」
――だって、僕の狼が真の恐怖を嗅ぎつけたんだから。
「おぶっ!?」
「ああああっ!? 足が、俺の足がぁ!」
小さく僕が呟いた瞬間、鋭い音と共に敵がたちまち悲鳴を上げて倒れ込んだ。
足や腕に、鋭く太い黒色の針を突き刺したのは誰かなんてのは明白だ。
「ティナ! それにグレゴリーさん、ファミリーの皆も!」
向こうからやって来た、ティラミス・ファミリーのボスと幹部、そして構成員だ。
黒いスーツを纏った一同、特に腕の小型のクロスボウを構えたグレゴリーさんを見て、指を抑えるラットどころか、暴漢達もたちまち委縮する。
でも、彼らに罰を与えるのは組員じゃないよ。
「お前らは手を出さなくていい、ここに人が来ないように見張っていろ」
彼らの前に出たティナの顔は、これまで見たことがないくらい怒っていた。
「あとは……私がすべて、焼き払う」
そんな彼女の、黒いグローブを嵌めた手のひらが――ちりり、と赤く
「【業火の
次の瞬間、ティナの体が辺り一帯を輝かせるほどの爆炎へと変貌した。
「「ぎゃああああああああッ!」」
そしてたちまち、炎が敵を呑み込んだ。
ティナの全身から迸る爆炎がもたらすのは、すべてを焼き払う正真正銘の煉獄だ。
「あ……あんな簡単に、人が……!」
ジャッキーが絶句するのも分かる。
僕にも信じられないスキルだ。
ティナの全身が炎に変わり、触れただけで肉どころか骨を焼き尽くすなんて。
しかもこれでも相当力を制御しているというのが、肌で分かる。
人知を超えた業火を操る――ティナの力は人間を越えて、天災の域だ!
恐らくSSランクに匹敵するスキルを前に唖然としていると、炎は小さくなっていった。
残されたのは暗闇と、黒に紛れてぴくぴくとうごめく灰と炭の集合体だ。
「……久しぶりにスキルを使うと、加減が分からんな。グレッグ、生きてる奴はいるか?」
「ふむ、運よく首謀者のラットだけは生きているようだ。こいつから事情を聞いて、どこのマフィアを雇ったか聞くとしよう。残りの連中は、どうせ焼けた肉だ」
グレゴリーさんがラットと思しきものの足を掴んで引きずっていく傍で、ファミリーの皆が僕らに駆け寄って「大丈夫か」「けがはないか」と声をかけてくれる。
そんな中、僕とジャッキーに挟まれていたアルマさんが、ティナに抱き着いた。
ずっと不安だったのか、手は震えていたし、声もか細かった。
「ティナ……ありがとう」
「気にするな。バーの歌姫を、いや、友を守らないボスがどこにいる」
彼女を優しく抱きしめるティナを見て、僕は改めて彼女の懐の広さを知った。
それと同じくらい、僕は自分の弱さを痛感した。
アルマさんの不安をかき消すほどの力がなかったんだから。
(……やっぱりすごいな、マフィアのボスは)
友人の背を優しく叩くティナを、僕は尊敬の目で見つめていた。
とにもかくにも、アルマさんを狙っていたストーカーは、こうして撃退されたんだ。