「私とティナはね、同じ孤児院で育ったの。カポールからずっと遠くの西の田舎町、パティノのそばにある小さな孤児院よ」
「「孤児院……?」」
僕もジャッキーも、目を丸くして驚いた。
「私の場合は両親に捨てられたけど、事情は色々よ。親から逃げてきた、戦争で家を失った……本当に色々。中には口に出せないほどひどい理由で、入ってきた子もいたわ」
美しいアルマさんが孤児院出身だなんて、きっと多くの人が聞いても信じないだろう。
というより、彼女自身もあまり人には語らなかったはずだ。
「そこにティナもいたんですか?」
「いいえ、あの子は私より少し後に来たわ」
ワインに軽く口をつけてから、アルマさんが言った。
「ただ、ティナがそこに来た理由だけは、もう十数年の付き合いになるけど一度だって聞いたことがないのよ。孤児院に入った時も、どこか不思議な雰囲気を纏ったクールな子だったわ。誰とも接さなくて、正直とっつきづらい子、ってのが第一印象よ」
アルマさんもそうだけど、ティナも孤児院にいたなんて。
ティラミス・ファミリーのアジトでは、構成員どころか幹部、グレゴリーさんでも話しているところを見たことがない。
きっと、本当にアルマさんとティナだけの秘密なんだ。
だからこそ、彼女は最初に言ったんだ――誰にも漏らすな、って。
「でもね、あの子は人を引き付けるカリスマがあった。まだスキルに覚醒してなかったけど、ティナについて行けば間違いないって確信があったの」
幼い頃のユスティナ――キングスコートと名乗っていないかもしれない彼女がどんなさまだったか、容易に想像はつく。
孤児院の悪ガキをあっという間に叩きのめし、皆の困りごとを率先して解決し、前に進む勇気を与えてくれる。
生まれついてのリーダーは、きっと孤児院でも皆を導いていたに違いない。
「アルマさんは、いつ頃ティナと話すようになったんですか?」
「いつ頃かしら? 私の方から話しかけてるうちに、ちょっとずつ仲良くなったのよ。そのうち周りの子も寄ってきて、あの時は本当に楽しかったわ」
彼女の咲き誇るラベンダーのような笑顔が、懐かしい日々の楽しさを表していた。
でも、その表情はたちまち、枯れた花のようになってしまった。
「けど、ある日孤児院が火事に遭って……私とティナ、何人かの子供以外は皆焼け死んだわ。私達を育ててくれた大人も皆……もう誰も守ってくれなくなって、残された子は、自分の力だけで生きていくしかなかった」
生き延びた子達がどれほど苦しい日々を送ったかは、想像に難くない。
現代日本でも、身寄りのない子供生活は大変だ。行く当ても金もないし、行き詰まれば犯罪に手を染めてでも生き延びるしかない。
悪い大人に利用されて破滅するなんて、ざらにある。
そんな世界で生き延びるなら、特化した才能か、人を捨てた狡猾さが必要になる。
アルマさんは、良くも悪くも容姿と歌声が生き延びる手段になったはずだ。
「な、なんだか大変そうだべ……」
「そりゃあもう、大変も大変よ」
身をぶるりと震わせるジャッキーに、アルマさんが微笑みかけた。
「ものを盗んだことも、自警団に捕まったこともあるわ。一番ひどかったのは、変態親父に買われそうになって、すんでのところで噛み千切って……この話はやめときましょっか♪」
悪戯っぽくアルマさんが微笑むのを見て、僕は反射的に内股になった。
断言したわけではないけど、アルマさんに手を出したバカな大人は、きっと体の一部を欠損したまま生きているだろう――あるいは、ショック死しているかも。
このしたたかさもまた、アルマさんが素敵な女性である要素のひとつだね。
「だけど、今の私はこうして好きだった歌を仕事にさせてもらってる。全部、再会してすぐに仕事をくれたティナのおかげよ。マフィアのボスになってたのは、驚いたけど!」
そんなアルマさんをして、尊敬の視線を向けさせるティナ。
歌を仕事にしたいと願っていた旧友に、歌手としての仕事を与えた女ボス。
彼女がカポール中の女性から羨望の視線を集めるのも、当然だ。
ただ、僕は少し気になった。
アルマさんが再会した頃には、ティラミス・ファミリーのボスになっていたティナ――彼女はいつから、マフィアになったんだろう?
どうして、マフィアという道を選んだんだろう?
「ティナは、どうしてマフィアのボスになったんでしょうか」
「孤児院に来た理由と同じで、あの子の永遠の謎ね。ただ……あれが関係してるのかも」
「あれ?」
「あれって、なんだべ?」
肩をすくめたアルマさんは、ふと何かを思い出したみたいに教えてくれた。
「……孤児院にいた時からずっと言ってたの。『本当の家族が欲しい』って、『信じられる家族が欲しい』って……私はずっとあの子の家族のつもりだったけど、ティナにとっては違ったのかもしれないわ」
――家族。
クールな彼女が、幼い頃に心の底から
どんな気持ちでそれを求め続けていたのかは、僕にはとても想像できない。
「その家族が、ティラミス・ファミリーと?」
「さっきも言った通り、ティナの心の中にしか答えはないわね」
ユスティナ・キングスコートがどんな理由で家族を欲しがっているとしても、僕は彼女の求める家族になってあげたい。
いや、僕だけじゃない。
ファミリーの誰が同じ話を聞いても、そう思うに違いない。
だって、家族をまとめるボスが、あんなに強くて素敵な人なんだから。
「……謎が多くても、ついてきてくれる家族がいる。ティナが素敵な人だっていう証拠です」
「もちろんよ。あんな女性は、男からすれば厄介この上ない相手でしょうね♪」
アルマさんがくすりと笑った。
「私だって自分の容姿には自信があるけれど、それよりもずっと美人で地位もあるもの。マフィアには、女は男の添え物だなんて考えの奴もいるけど、ティナを見たらすたこらさっさと逃げるしかないわね!」
「ははは、ティナを脇役扱いする勇気のある人はいないと思いますよ」
「むしろそんじょそこらの男じゃあ、ボスの添え物にすらならねえべさ!」
ジャッキーの言う通り、並の男ならティナの隣を歩くことすら
グレゴリーさんはあの威厳があるから違和感がないだけで、普通なら男の方はペット扱いだ。
僕だって、気に入られているとはいえ、隣を歩けば親戚の子供扱いだよ。
「……エドワード君なら、ティナの隣を歩けるかもしれないわね」
でも、アルマさんは僕に何か違うものが見えているようだった。
「え、僕がですか?」
「だってあの子、皆には隠してるけど、本当は……ふふっ♪」
僕をしばらく見つめてから、アルマさんはくすくすと笑った。
「……?」
ミステリアスな女性の、妖しげな笑みの真意を見抜けるほどの女性経験は僕にはない。
でも、そこにあるのはからかいとかじゃなく、ある一つの物事に対する信頼感だ。
それだけは、何となく分かった。
「アニキ、オレンジジュースがぬるくなっちまうべよ」
「え、あ、うん。ありがと、ジャッキー」
それが何なのかを考えるよりも先に、ジャッキーが僕に、氷がすっかり溶けたオレンジジュースを勧めてきた。
ストローに口をつけると、ちょっとぬるくなったジュースがのどに流れ込んできた。
僕の胸に残っていた疑問も、オレンジ味になって胃の中に消えていった。