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第16話 護衛の日々

 アルマさんをバーに送り届けた翌日から、さっそく僕らの護衛は始まった。

 ファミリーのアジトに住んでいる僕とジャッキーは、まっすぐアルマさんの家まで行って、バー『獅子の瞳』まで送り届ける。

 家のまわりは他の構成員が監視しているから、僕らの仕事はバーまでの道中だ。

 いつ、どこから異常者が襲いかかって来るか分からない中、気は抜けない。


「……ええと、ジャッキー?」

「なんだべか、アニキ?」


 だけど、何事にもやりすぎ、というものはある。


「そ、その格好……目立つし危ないから、やめよっか?」


 特にアルマさんの隣に並んで歩く、ジャッキーの格好がそれだ。

 なんせ彼女は、騎士がまとうような甲冑を着て、小さな剣をぶんぶんと振りまわしてるんだ。

 小さなナイトが勇ましく歩くさまは、こっちが恥ずかしくなるくらい目立ってる。


「な~に言ってんだべ、アニキ! そんな甘いこと言ってちゃ、アルマさんをバカタレ変態『すとおかぁ』から守れねえべよ!」


 兜を上げて、ジャッキーが鬼気迫る表情で僕を見つめてきた。

 何をしたって、じゃらじゃらと音が鳴るのを、通行人がくすくすと笑っているのには気づかないんだね。

 せめて、僕の顔が真っ赤になってるのには気づいてほしいな。


「ああいうのは、こそこそヒキョーに陰からこっちの様子をうかがって、いきなり襲ってくるべ! だったら、おいらがみーんな返り討ちにしてやるべさ!」

「ストーカーを捕まえるより先に、僕らが自警団のお世話になりかねないよ!?」


 そんな僕の小さな願いは叶いそうにない。


「ほ、ほら! アルマさんも困ってるから、ね!?」

「そんなことないわよ? とっても頼もしいわ、ジャッキーちゃん♪」

「アルマさぁん!?」


 おまけに数少ない常識人のアルマさんが、こんなお茶目なんだからどうしようもない。

 ツッコミ不在って、恐ろしい。


「うぇへへ、アルマさんに褒められちゃったべ♪」


 一層調子に乗ってどかどかと闊歩するジャッキーを止められる気がしなくなって、肩を落としてため息をつく。


「ごめんなさいね、エドワード君。グレゴリーさんからあの子は臆病だって聞いてたのに、こんなにボディーガードを頑張ってくれるのが、嬉しくなっちゃったのよ」


 さて、アルマさんはというと、僕らのコントを楽しんでいるようだった。


「確かにジャッキーは怖がりですけど、本当は明るくて、使命感の強い素敵な子です。アルマさんを守りたい、仲良くなりたいって気持ちが強いんだと思います」

「ええ。私にも、あの子の想いが伝わってくるわ」

「ただ、ちょっと調子に乗っちゃうというか、暴走しがちみたいで……」


 こう言ってるそばから、ジャッキーは近くを歩く男に向かって突撃していた。


「お前ら、今この人のことチラチラ見てたべ!? すとおかぁに違げぇねえ、おいらがぶっ飛ばしてやるべよ!」

「ああもう、言ってるそばから!」


 僕はアルマさんを連れながら、子分とふたりの男性の間に割って入る。

 もしも剣がちくりとでも当たって、かたぎの人を傷つけでもすれば、僕らはファミリーにもいられなくなるのに。


「ごめんなさい! ジャッキーもほら、【影人間シャドーネイバー】をしまって!」

「うーむ、アニキがそう言うなら……仕方ねえべ」


 渋々ジャッキーが剣とスキルをしまうのを見てもまだ、男性達は目を白黒させている。

 そりゃそうだよね、いきなりちびっ子騎士が攻撃してきたんだから。


「な、なんの話だよ、ストーカーって!?」

「俺達、ただの冒険者ギルドのスタッフだよ!」


 ――この人達、冒険者ギルドで働いてるのか。

 ふたりの会話を聞き逃さなかった僕は、茶色のジャケットを羽織る彼らに近づいた。


「……冒険者ギルド? あなた達、ギルドで働いているんですか?」

「お、おう。それがどうしたんだ?」

「ラット・モーファーをご存じですか? 確か、ギルドで働いていたって……」


 元同僚ならラットの少ない情報を知っているかもしれない。


 実を言うと、彼の所有物や触れたものから尾行できないかと思っていたけど、ストーカーを追いかけられる要素は手に入れられなかった。

 というのも、なぜか部屋に残っていた家具の匂いを嗅いでも、狼は追尾できなかった。

 追跡の達人の【狼のウルフブラッド】も、こうなるとお手上げだ。

 だったら、ここで何かしらの手掛かりを集めておかないと。

 僕の質問を聞いて、ふたりは顔を見合わせてから言った。


「ラットなら知ってるよ。あの陰気な、いっつもブツブツ愚痴ばっかりこぼしてるやつだ」

「俺達より先にギルドのスタッフになったのに、要領は悪いし、責任転嫁するくせに自分より弱そうな女の子には強気なんだ。本当、最低のヤローだぜ」


 おおむね予想はできていたけど、ラットはギルドでも嫌われ者だったみたい。

 現実を忘れさせてくれる歌姫に恋心を寄せて、暴走した末にストーカーになるだなんて、はた迷惑な話だね。

 せっかくだし、もう少し話を聞いてみよう。


「今はどこにいるか、心当たりはないですか?」

「うーん……ちょっと前に仕事を辞めてから、一度も顔を見てないな」

「でも、あいつにはヘンな噂があったな。なんでも、マフィアとつるんでるとか……」


 わーお。これは想像していた以上に、すごい情報が手に入ったね。


「マフィアと……?」


 僕の表情が変わったのに、ふたりも気づいたみたいだ。


「確か、エクレア・ファミリーつったっけ?」

「そうそう、エクレアだよ」


 ――エクレア・ファミリー。

 グレゴリーさんが少しだけ話題に出していたファミリーと、同じ名前だ。

 あの人が「俺達と同じマフィアだが、奴らは街の厄介者だ」と評していた連中が絡んでいるとなると、想像以上に厄介なトラブルかもしれない。


「……ティラミス・ファミリーと敵対してるマフィアが、アルマさんのストーカーと……」


 指を顎に当てて考え込む僕の肩に、ギルドのスタッフ達が手を乗せた。


「どうだ、坊主? 何をしてるか知らねえが、ヒントになったか?」

「はい、とても助かりました! ありがとうござい……」


 もっとも、ぱっと顔を上げて感謝を告げる僕に、思案の時間はない。


「あーっ! あんた、今なにしたべ! アルマさんに触ろうとしたべや!?」


 口から火を出す勢いで、またもジャッキーが一般人を追いかけ回していたからだ。

 しかもアルマさんはというと、くすくすと楽しげに笑うばかり。


「わわわっ! ちょっとジャッキー、今度はどうしたの!?」


 僕がなんとかジャッキーを止めても、彼女は大暴れするばかり。

 なんとしてもアルマさんを守るんだって強い意志は、とても嬉しいよ。


「放すべアニキ! こいつ、ぜってぇストーカーだべ!」


 嬉しいけど、今だけはちょっぴり抑え込んでほしいな!


「だーかーら、ストーカーが簡単に現れたら世話ないってばぁーっ!」


 ――結局『獅子の瞳』に向かうまでの間に、僕は彼女を6回もなだめる羽目になった。

 ここまで大暴れしてもなお、僕はストーカーへの警戒を緩めなかった。

 こちらが油断したタイミングを狙うだろう、と踏んでいたからだ。




 ところが、予想は意外な形で裏切られることになる。

 いや、ある意味では大騒ぎした甲斐はあった、と思った方がいいのかな。

 ――仕事を始めてから3日間、ストーカーはまるで姿を現さなかった。

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