アルマさんをバーに送り届けた翌日から、さっそく僕らの護衛は始まった。
ファミリーのアジトに住んでいる僕とジャッキーは、まっすぐアルマさんの家まで行って、バー『獅子の瞳』まで送り届ける。
家のまわりは他の構成員が監視しているから、僕らの仕事はバーまでの道中だ。
いつ、どこから異常者が襲いかかって来るか分からない中、気は抜けない。
「……ええと、ジャッキー?」
「なんだべか、アニキ?」
だけど、何事にもやりすぎ、というものはある。
「そ、その格好……目立つし危ないから、やめよっか?」
特にアルマさんの隣に並んで歩く、ジャッキーの格好がそれだ。
なんせ彼女は、騎士が
小さなナイトが勇ましく歩くさまは、こっちが恥ずかしくなるくらい目立ってる。
「な~に言ってんだべ、アニキ! そんな甘いこと言ってちゃ、アルマさんをバカタレ変態『すとおかぁ』から守れねえべよ!」
兜を上げて、ジャッキーが鬼気迫る表情で僕を見つめてきた。
何をしたって、じゃらじゃらと音が鳴るのを、通行人がくすくすと笑っているのには気づかないんだね。
せめて、僕の顔が真っ赤になってるのには気づいてほしいな。
「ああいうのは、こそこそヒキョーに陰からこっちの様子をうかがって、いきなり襲ってくるべ! だったら、おいらがみーんな返り討ちにしてやるべさ!」
「ストーカーを捕まえるより先に、僕らが自警団のお世話になりかねないよ!?」
そんな僕の小さな願いは叶いそうにない。
「ほ、ほら! アルマさんも困ってるから、ね!?」
「そんなことないわよ? とっても頼もしいわ、ジャッキーちゃん♪」
「アルマさぁん!?」
おまけに数少ない常識人のアルマさんが、こんなお茶目なんだからどうしようもない。
ツッコミ不在って、恐ろしい。
「うぇへへ、アルマさんに褒められちゃったべ♪」
一層調子に乗ってどかどかと闊歩するジャッキーを止められる気がしなくなって、肩を落としてため息をつく。
「ごめんなさいね、エドワード君。グレゴリーさんからあの子は臆病だって聞いてたのに、こんなにボディーガードを頑張ってくれるのが、嬉しくなっちゃったのよ」
さて、アルマさんはというと、僕らのコントを楽しんでいるようだった。
「確かにジャッキーは怖がりですけど、本当は明るくて、使命感の強い素敵な子です。アルマさんを守りたい、仲良くなりたいって気持ちが強いんだと思います」
「ええ。私にも、あの子の想いが伝わってくるわ」
「ただ、ちょっと調子に乗っちゃうというか、暴走しがちみたいで……」
こう言ってるそばから、ジャッキーは近くを歩く男に向かって突撃していた。
「お前ら、今この人のことチラチラ見てたべ!? すとおかぁに違げぇねえ、おいらがぶっ飛ばしてやるべよ!」
「ああもう、言ってるそばから!」
僕はアルマさんを連れながら、子分とふたりの男性の間に割って入る。
もしも剣がちくりとでも当たって、かたぎの人を傷つけでもすれば、僕らはファミリーにもいられなくなるのに。
「ごめんなさい! ジャッキーもほら、【
「うーむ、アニキがそう言うなら……仕方ねえべ」
渋々ジャッキーが剣とスキルをしまうのを見てもまだ、男性達は目を白黒させている。
そりゃそうだよね、いきなりちびっ子騎士が攻撃してきたんだから。
「な、なんの話だよ、ストーカーって!?」
「俺達、ただの冒険者ギルドのスタッフだよ!」
――この人達、冒険者ギルドで働いてるのか。
ふたりの会話を聞き逃さなかった僕は、茶色のジャケットを羽織る彼らに近づいた。
「……冒険者ギルド? あなた達、ギルドで働いているんですか?」
「お、おう。それがどうしたんだ?」
「ラット・モーファーをご存じですか? 確か、ギルドで働いていたって……」
元同僚ならラットの少ない情報を知っているかもしれない。
実を言うと、彼の所有物や触れたものから尾行できないかと思っていたけど、ストーカーを追いかけられる要素は手に入れられなかった。
というのも、なぜか部屋に残っていた家具の匂いを嗅いでも、狼は追尾できなかった。
追跡の達人の【狼の
だったら、ここで何かしらの手掛かりを集めておかないと。
僕の質問を聞いて、ふたりは顔を見合わせてから言った。
「ラットなら知ってるよ。あの陰気な、いっつもブツブツ愚痴ばっかりこぼしてるやつだ」
「俺達より先にギルドのスタッフになったのに、要領は悪いし、責任転嫁するくせに自分より弱そうな女の子には強気なんだ。本当、最低のヤローだぜ」
おおむね予想はできていたけど、ラットはギルドでも嫌われ者だったみたい。
現実を忘れさせてくれる歌姫に恋心を寄せて、暴走した末にストーカーになるだなんて、はた迷惑な話だね。
せっかくだし、もう少し話を聞いてみよう。
「今はどこにいるか、心当たりはないですか?」
「うーん……ちょっと前に仕事を辞めてから、一度も顔を見てないな」
「でも、あいつにはヘンな噂があったな。なんでも、マフィアとつるんでるとか……」
わーお。これは想像していた以上に、すごい情報が手に入ったね。
「マフィアと……?」
僕の表情が変わったのに、ふたりも気づいたみたいだ。
「確か、エクレア・ファミリーつったっけ?」
「そうそう、エクレアだよ」
――エクレア・ファミリー。
グレゴリーさんが少しだけ話題に出していたファミリーと、同じ名前だ。
あの人が「俺達と同じマフィアだが、奴らは街の厄介者だ」と評していた連中が絡んでいるとなると、想像以上に厄介なトラブルかもしれない。
「……ティラミス・ファミリーと敵対してるマフィアが、アルマさんのストーカーと……」
指を顎に当てて考え込む僕の肩に、ギルドのスタッフ達が手を乗せた。
「どうだ、坊主? 何をしてるか知らねえが、ヒントになったか?」
「はい、とても助かりました! ありがとうござい……」
もっとも、ぱっと顔を上げて感謝を告げる僕に、思案の時間はない。
「あーっ! あんた、今なにしたべ! アルマさんに触ろうとしたべや!?」
口から火を出す勢いで、またもジャッキーが一般人を追いかけ回していたからだ。
しかもアルマさんはというと、くすくすと楽しげに笑うばかり。
「わわわっ! ちょっとジャッキー、今度はどうしたの!?」
僕がなんとかジャッキーを止めても、彼女は大暴れするばかり。
なんとしてもアルマさんを守るんだって強い意志は、とても嬉しいよ。
「放すべアニキ! こいつ、ぜってぇストーカーだべ!」
嬉しいけど、今だけはちょっぴり抑え込んでほしいな!
「だーかーら、ストーカーが簡単に現れたら世話ないってばぁーっ!」
――結局『獅子の瞳』に向かうまでの間に、僕は彼女を6回もなだめる羽目になった。
ここまで大暴れしてもなお、僕はストーカーへの警戒を緩めなかった。
こちらが油断したタイミングを狙うだろう、と踏んでいたからだ。
ところが、予想は意外な形で裏切られることになる。
いや、ある意味では大騒ぎした甲斐はあった、と思った方がいいのかな。
――仕事を始めてから3日間、ストーカーはまるで姿を現さなかった。