「視線の正体が、厄介なお客さんだと?」
「分からないわ。でも、彼しか思い浮かばないし、何よりあの人と同じ視線なの。私を舐め回すような、悪寒の視線……そんなのがふたりもいるなんて、考えたくないわ」
太陽のようなアルマさんの笑顔をここまで暗くするなんて、男の風上にも置けないな。
「ひでえ男だべ! もう一度とっ捕まえてやりゃあいいべさ!」
ジャッキーは僕の隣で、頬を膨らませて
歳や立場は違うとはいえ、同じ女性同士、思うところはあるに違いない。
彼女ならストーカー被害に遭わないだろうとか、そういう話じゃなくて、理不尽な恐怖に晒されている現状が許せないんだ。
この子もまた、両親からの虐待という理不尽に耐えてきたんだから。
「それで済むなら、貴様らなど最初から呼んでいない」
一方で、グレゴリーさんは腕を組んで
「奴は
自分よりも強そうな相手がいれば出てこず、ひとりきりになったタイミングで視線を浴びせる。慎重で、なおかつ卑劣な相手を探すのは難儀するだろう。
でも、ここまで聞いて、僕はグレゴリーさんの意図を読み取れた。
「……なるほど。子供がいるだけなら、相手も油断して姿を見せる、というわけですね」
子供ふたりがついて回るくらいなら、ストーカーは脅威と思わない。
そうすれば、きっと相手が油断して姿を見せる――そこを叩く、というわけだ。
「察しがいいな。同時に貴様らのスキルは、大人以上の戦闘能力がある」
「あら、そうなの? オズボーンさんと、どっちが強いかしら?」
「私には敵いませんが、チンピラ程度なら軽く叩き潰します。力は保証しますよ」
グレゴリーさんの言う通り、僕の【狼の
というかさっき、自分達よりずっと屈強な相手を倒してきたところだもの。
だけど、それはあくまで相手が一般人である場合の話だ。
「ストーカーがスキルを持っている可能性は?」
「そう考えておいた方がいい」
スキル持ちの相手と戦うのは初めてだし、油断はできない。
ついでにもう少し、グレゴリーさんから情報を集めておこう。
「相手の名前を教えてくれませんか?」
「名前はラット・モーファー。もとは冒険者ギルドのスタッフだ」
「ラット・モーファー……冒険者ギルドに属しているなら、住所を聞きだして、直接押しかけたりはできませんか?」
「いいや、ちょうどファミリーがバーから追い払った翌日に、仕事を辞めて借家からも退去している……家具も何もかも、残したままだ」
「家具があるなら、後で狼に匂いを覚えさせてもいいですか?」
「ああ、そうしろ」
普通に考えれば、マフィアを恐れて街から逃げ出したかとも想像できる。
でも、相手がストーカーだと知っている以上、それはあり得ないとも確信できる。
ラット・モーファーは、何としてでもアルマさんと繋がろうと目論んでいるに違いない。荷物をすべて捨てたのは、その決意表明だ。
身勝手で一方的な感情は、ここまで人間を追い詰めさせるのか。
「なんだべか……まるで、ヤケクソになったみたいだべ……!」
息を呑むジャッキーの後ろから、すう、と別の女性が入ってきた。
「――自ら退路を断ったというわけだ。愚かにも、私の旧友に手を出すためにな」
誰が部屋に来たか、威圧感だけでも分かる。
ティラミス・ファミリーが誇る女ボス、ユスティナだ。
「ティナ!」
僕が彼女を呼ぶのと、アルマさんが立ちあがるのはほぼ同時だった。
「あら、ティナ? 誰もが恐れるティラミス・ファミリーの女ボスが、こんな小さな男の子に名前を呼ばせてるの?」
「私の勝手だろう」
ふたりは随分と気心が知れた仲に見える。
なんでかって、さっきまで暗かったアルマさんの顔が、ぱっと華やいだんだ。
「アルマさん、ティナとお知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、私とそこのユスティナ・キングスコートは幼馴染よ! 同じところで育って、同じ服を着てお出かけする仲なんだから!」
ぐっと肩を組むアルマさんに対して、ティナは困った顔を見せるけど、嫌がって振り払おうとしないあたり、本当に仲はいいみたいだ。
(なるほど、道理で自警団じゃなくて僕達を頼ったわけだ)
気心知れた友人がマフィアのボスなら、自警団よりよっぽどあてになる。
ひとり納得した僕の前で、アルマさんがティナの頬をつついた。
「それにその様子だと、ティナの秘密を知らないみたいね? この子ったら、実は……」
「もういいだろう、アルマ」
とうとう、ティナがちょっぴりうんざりした調子でアルマさんを離した。
「エドワード、それにジャッキー。本当なら私がアルマを護衛してやりたいが、そうもいかない。グレッグを連絡役にするが、お前達にとって初めての、しかもふたりだけの大仕事だ」
そうして僕達の肩を叩き、じっと見つめた。
あの時と同じだ。僕にマフィアになるか野垂れ死ぬかを選ばせた、あの時と同じ。
「やれるな、エド」
だったら、答えは一つ。
「――やれるよ、ティナ。僕とジャッキーが、貴女の友人を守ってみせる」
ジャッキーの手を握り、僕は言った。
試されているなら、僕は必ず乗り越えてみせる。
恐怖と絶望に満ちたあの屋敷での生活に比べれば、何だって怖くない。
だから僕は、はっきりと宣言した。アルマさんを、必ず守ると。
「ククク、ファミリーのボスにタメ口とは、なかなかの命知らずだな」
「あ、アニキ……超カッコいいべ……!」
――ただ、敬語をすっかり忘れていたのには、まるで気づけなかったけど。
声を出して笑うグレゴリーさんと、目を輝かせるジャッキーの声でやっと理解できた。
僕がどんな人に、挑戦的な言葉を吐いたのかを。
「あ、そ、そうだった! すいません、ついうっかり、その……!」
慌てる僕を見つめるティナの目は、どこかいつもと違って見えた。
怒っているのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
「一度言ったなら、最後まで通せ」
「ええと、あの、はい……じゃなくて、分かった」
観念したように僕がそう言うと、ティナが少し、ほんの少しだけ笑ったような気がする。
今気づいた――ユスティナ・キングスコートは、笑うと愛らしい。
僕が緊張や恐れを忘れて、「かわいい」と呟いてしまうほどには。
「あ~素直ショタかわいいねぶりたい」
え?
「何でもない。ふたりとも、ミラーさんをアジトからバーまで送ってこい」
「「はいっ!」」
さてと、何を言ったかは聞こえなかったけど、いつまでも見惚れてはいられない。
威勢のいい返事とともに、僕達はアルマさんを連れて部屋の外に出て行った。
グレゴリーさんとティナが何かを話していたけど、扉が閉まるとすっかり聞こえなくなった。
「ふうん。ティナってば、あの困ったところは直せてないのね」
僕達に手を引かれるアルマさんは、少しだけ何かを考えている。
でも、すぐににんまりと笑って、何かに納得したみたいだ。
「どうかしたんですか、アルマさん?」
「ふふっ……何でもないわ♪」
どこか意味ありげな彼女の微笑みに、僕は首を傾げるばかりだった。
いくつかの謎が残るスタートになったけど、とにかく僕達は、アルマさんの用心棒として何日かを過ごすことになった。
ティナとグレゴリーさんから任された大仕事!
僕とジャッキーで、絶対に恐ろしい悪党から歌姫を守ってみせるよ!