目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話 歌姫、アルマ・ミラー

 僕とジャッキーが『職業相談所』と書かれたファミリーのアジトまで帰ってくるのに、そう時間はかからなかった。

 ファミリーの皆が「戻ってきたか」と好奇の視線を向けるのが、少し気になる。


「失礼します」

「失礼ェしますべ」


 ひとまずうながされるように、僕らはアジトの扉を開けてすぐの一番豪華な客室に入った。

 豪奢な装飾が施されたテーブルや窓、赤と金の刺繍が施されたカーペットと大きなソファーが示す通り、普段は構成員が入っていいような部屋じゃない。


「来たか。そこに座れ」


 ただ、今日の僕らは鋭い声と共に歓迎された。

 声の主は、ボスの右腕のグレゴリーさん。

 窓のそばに立つ彼のいかめしい顔つきと銀髪には、相変わらずの風格と威圧感がある。

 一方で、客用のソファーに座る女性には、僕はまるで面識がなかった。


「あら? オズボーンさん、この子達がさっき話していた……?」

「ええ、俺が選んだ適任者です」


 グレゴリーさんは頷いたけど、僕とジャッキーはまったく話が理解できない。

 そもそも、まだ話のひとつだってされていない。


「グレゴリーさん、すいません。どういう状況なのか、説明してほしいんですが……」

「それにはまず、私の自己紹介が必要ね」


 女性は深緑色の髪をなびかせて、僕達の前まで来て、にっこりと微笑みかけた。


「私はアルマ、アルマ・ミラー。カポールのバー『獅子の瞳』で歌手をしてるの。自分でいうのもなんだけど、街じゃあそれなりに有名よ?」


 すらりとした体型に、コバルトブルーのドレスと少し派手な色の爪。

 派手なメイクもしていないのに唇は柔らかそうで、鼻が高く、目も大きい――ほんの一瞬だけとはいえ心臓が高鳴り、ドキッとしてしまうくらいには、きれいだ。

 そんな容姿と透き通った声は、彼女が歌姫――ディーヴァであると証明してくれた。


「お、おいら知ってます! 街で歩いてるところを見たくらいだけれど、えれえべっぴんさんがいるもんだと思ってましたぁ!」

「うふふ、素直な感想をもらえるのは、いくつになっても嬉しいわね♪」


 くすくすと口に手を当てて笑うさまを見るだけでも、上品さがにじみ出ている。

 あまり酒場やバーと縁のない僕でも、アルマさんが人気になるのが分かるよ。

 けど、目の前にいるのがマドンナなら、今度は別の心配が浮き上がってくる。


「街でも人気の歌手が、ティラミス・ファミリーのアジトに来てもいいんですか? 職場に知られたら、あまり良くないんじゃないでしょうか」

「無用な心配だ。『獅子の瞳』は俺達の管轄下のバーだからな」


 なるほど、最初からティラミス・ファミリーとは縁があるわけだね。


「というより、カポールにある酒場の半分くらいはティラミス・ファミリーに守ってもらってるんじゃないかしら? あとの半分は、エクレア・ファミリーが……」

「エクレア・ファミリー?」

「俺達と同じマフィアだが、奴らは街の厄介者だ。また今度、話してやる」


 グレゴリーさんの険しい顔は、さっさと話を進めたいと言っている。

 エクレア・ファミリーが何者なのかを聞いてみたかったけど、仕方ない――。


「さて、本題に入るぞ――ふたりには、今日からこのミラーさんの護衛を務めてもらう」


 ――なんてくだらない思考は、僕の頭からたちまち吹っ飛んでいった。


「「ええぇーっ!?」」


 グレゴリーさんは、この美人歌手のアルマさんを、子供ふたりで守れと言ったんだから、そりゃ僕もジャッキーもひっくり返るよ!

 雑務ばかりやっているところに、まさかいきなり歌姫の護衛!?

 賭場に押し込んだ時だっていきなりだと思ったのに、用心棒を務めるなんて、仕事のランクの上がり方が唐突すぎる!


「驚くような内容でもないだろう。用心棒は、マフィアの仕事でもかなり普遍的なものだ」


 しかも、グレゴリーさんの表情からしてそう珍しい事柄でもないみたいだ。

 いやいや、だとしても大役にもほどがあるんじゃないのかな。


「それにそこのジャッキー・ペッパーは、いかにもマフィアらしい仕事がしたいと、常々愚痴をこぼしていたそうじゃないか」

「な、ななな、なんで知ってるべかぁ~っ!?」

「俺の情報網を甘く見るな。どこで文句を漏らそうが、俺には聞こえているものと思え」

「ひょええ……」


 ジャッキーは全身を、スマホのバイブ機能のように震わせる。


「でも、グレゴリーさん。用心棒だというなら、もっと屈強な人の方がいいんじゃないでしょうか? 悪漢が僕達を見て、逃げ出すとも思えません」


 彼女の背中をさすって落ち着かせながら、僕は僕で、グレゴリーさんに気になることを確かめた。

 自分で言うのもなんだけど、僕とジャッキーは用心棒にはとても向いていない。

 グレゴリーさんのような銀髪で強面のクロスボウの達人でもなきゃ、ニコラスさんのようなファミリーでも指折りの暴力の達人でもない。

 ああ、ニコラスさんについては僕の憶測か、ごめんなさい。

 とにもかくにも、仮にスキルが強力だったとしても、相手を外見で威圧させる必要はあるはず。

 そういう意味じゃあ、用心棒なんて、僕らはまったくもって適任じゃないよ。


「ククク、そうでもないぞ」


 なのに、なぜかグレゴリーさんは笑った。

 ニコラスさんと違って、この人が笑っても、ちっとも安心できない。

 ……なんて口からこぼしたら、世界の裏側でもすぐばれるだろうね。


「護衛には貴様らが適役だ。今回の相手は、油断させて尻尾を出させる必要があるからな」

「尻尾を……?」

「出させる……?」


 どかっと椅子に腰かけ、グレゴリーさんが頷いた。


「ミラーさんを狙っているのは、『ストーカー』だ」


 ストーカー。

 人をつけ回し、時には襲う、文字通りの尾行者。

 犯人のいやらしさとおぞましさを想像した僕らの間に、緊張がはしる。


「詳しくは……ミラーさん、先ほどの話をもう一度、お願いできますか」


 グレゴリーさんが目配せすると、アルマさんの表情が陰った。


「……もとはといえば、バーで私の歌を聞いてくれるお客さんのひとりだったのよ。私も顔は知っていたし、何度か声をかけてもらったこともあったわ」

「ご指名ってやつだべ? 店でお金を使ってくれる、いいお客さんだべ!」


 ジャッキーがそう言うと、アルマさんは困ったように首を振った。


「最初はそうだったわ。けど、次第に彼の要求が過激になってきたの」


 彼女の宝石のような瞳が、次第に曇ってゆく。


「私を呼べ、金はあるって喚きだしたり、プライベートな付き合いを要求したり……自分が好きなんだろうって言いながら、ステージに上がってきた時は本当にぞっとしたわ」


 ふむ。アルマさんのファンは、何かを大きく勘違いしてしまったみたいだね。

 どこまでいっても、店にいる以上は客と歌手の関係だ。

 だけど、恐らく相手の男は自分に気があるか、誘われているとでも思ったのかな。


「その時は、見かねたティラミス・ファミリーの用心棒さんが追い払ってくれたの。そしたら、その人はぱったり来なくなったわ」

「……代わりに、ストーカー被害を受けるようになったんですね」

「……ええ、そうよ」


 アルマさんが、うんざりしたようにため息をついた。


「その日から、人の気配を感じるようになったの。家まで帰る時、食事の時……私がひとりでいる時にだけ、嫌な視線が突き刺さるようになったのよ」


 僕とジャッキーは顔を見合わせた。

 互いの目に宿っていたのは、見えない脅威への恐れじゃない。

 歌姫を曇らせる、卑劣な男への怒りだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?