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第12話 仕事は地道に一歩ずつ

 ジャッキーが僕の子分になってから、早くも一週間が経った。

 ファミリーの皆と話す機会も増えたけど、相変わらず僕の扱いはマフィアのエドワード、じゃなくてエドワード坊やなのは、なんだか釈然しゃくぜんとしない。

 ついでに言うと、この街じゃあスーツ姿の人が多くても、誰も驚かない。

 いつでもマフィアがスーツを着ているわけじゃないけど、何人か並んで歩いていても、誰も気にしないんだ。

 それくらいマフィアの存在が浸透した街での生活にもなじんできた。


 さて、そんなこんなで僕達には、仕事だって与えられるようになったんだ。

 僕が予想していたようなマフィアの仕事とは、ずっと遠いけども。


「ふたりとも、お疲れ様! 今日の仕事はこれで終わりだよ!」


 僕とジャッキーが働いているのは、カポール中央部の市場にある薬屋の倉庫。

 そこに山積みになってる素材や薬の箱を、棚に詰めて整理する作業だ。

 蒼髪と赤毛が頭だけを覗かせて、ひょこひょこと重い荷物を運んで、置いて、の繰り返し。


「はい、お駄賃! ちょっと多めに入れてあるから、相談所の銀髪の旦那に渡しておくれ!」


 そして今しがた、薬屋のおばさんが倉庫に入ってきて、仕事は終わった。


「ありがとうございます!」

「ひい、ひい……つ、疲れたべさ~……」


 グレゴリーさんのことを知っているというのは、つまり彼女もマフィアの協力者の証だから、安心して僕はお駄賃を受け取ってポケットにしまった。

 そのままアジトに戻ってもよかったけど、早朝からの慣れない力仕事のせいでジャッキーがすっかりくたびれてたから、少しだけ休憩もしていった。

 薬屋のおばさんから「いつもより頑張ってくれたお礼」の紅茶をもらって、昼間にお店を出るころには、彼女もすっかり元気になってたけど。


「棚と倉庫の整理なんて、ちっともマフィアらしくないべ! おいらはともかく、アニキにはもっとマフィアらしい仕事をさせてほしいべさ!」


 頬を膨らませて文句を言えるくらいだから、元気になりすぎたかも。

 通りを歩きながら彼女をなだめるのは、兄貴分の僕の仕事だね。


「まあまあ。ファミリーの皆も言ってたけど、最初は表向きの仕事をしっかり頑張って、それで認められてから、初めて重要な仕事を任されるんだよ。僕たちが今やってる下積みにも、意味がないわけじゃないさ」

「で、でも、おいらは最初の仕事でお金を集めるよう言われたべ?」

「うーん、そういえばそうだね」


 言われてみれば確かに。


「もしかして、みかじめ料を集めるのが一発目の仕事って方が珍しいべ……?」

「それだけ期待されてるって証拠かもしれないよ」

「おいら、そんな仕事で大ポカしちゃったべか!?」


 さっと青ざめたジャッキーの背中を、僕がぽんと叩く。


「大丈夫だよ! 僕と一緒に、これから皆に認められるようなマフィアになろう!」


 最初のミスが大きかったとはいえ、もうあの一件でジャッキーを責める仲間はいない。

 ちゃんと犯人は見つかったんだし、責められるのは詰めの甘さだけだ。

 そしていつまでもねめつけるような人は、ティラミス・ファミリーにはいない。

 指に嵌められたリングの持ち主は、誰もが良くも悪くも、明るくて寛容だからね。


「そ、そうだべ! おいらはアニキと一緒に、でらカッコええマフィアになるべ!」


 ぐっと拳を握り締めたジャッキーは、ふと僕の顔を覗き込んだ。


「ところで、アニキはやっぱり、将来はティラミス・ファミリーの幹部になるのが夢だべ?」

「夢?」


 ふと問われてみると、ぱっと思い浮かばないものだ。

 僕がファミリーに加入したのは、貴族を蹴落としてなり上がるというティナの夢を手伝うという理由だ。

 でも、僕にとっては生きるためにマフィアに加入したともいえる。

 今ここでマフィアとして活動していることそのものが夢、かもしれないね。


「夢って言うほどの夢はないかな」

「はえー、欲がないんだべなあ」

「ジャッキーはどうなの? どんな夢を持ってるのか、聞かせてほしいな」


 僕が聞くと、ジャッキーは大型犬のように赤毛を震わせて、華のような笑顔で言った。


「おいらは……おいらは、いつか自分のファミリーを持ちたいべ! ティラミス・ファミリーみたいに大きくて、皆仲が良くって、本物の家族みたいなマフィアのボスになる……それが、おいらの夢だべよ!」


 そうか、ジャッキーにはとっても大きな夢があるんだね。

 ちょっとお調子者だけど、愛され体質の彼女なら、きっと叶えられるに違いない。


「いいね、すっごくいい夢だ! 僕にも手伝わせてほしいな!」

「アニキに!? いえいえ、おいらがボスになるときは、きっとアニキは――」


 ジャッキーがなぜか頬を赤く染めて、僕の前で勢いよく手を振った時だ。


「――おう、ここにいたのか!」


 のっしのっし、と通りの向こうからガラの悪そうな男性が近づいてきた。

 上半身はタンクトップ一枚、金のソフトモヒカンに黒い半ズボンの恐ろしい出で立ちだけど、僕達が怖がる必要はない。

 なぜなら、こっちに向けて振っている手の先には、指輪が嵌められているから。

 つまり、彼も僕達と同じ、ティラミス・ファミリーの一員だ。


「貴方はティラミス・ファミリーの……」

「ニコラス・オッドボール、グレゴリーの旦那の部下だ。その様子だと、頼まれてた仕事は終わったみたいだな」


 僕が頷くと、ニコラスさんは欠けた歯を見せて笑った。

 グレゴリーさんとは長く一緒にいたのに、彼と会うのが初めてなんて不思議だ。

 欠けた歯やタンクトップから見える傷のせいで、ファミリーの特攻隊長だということ、そして最近までどこかで大暴れしてきたんだろうということは察せる。


「終わりましたが……本当に、グレゴリーさんの部下なんですか? 一度も顔を合わせた覚えがなくて……」

「わはは、疑うのは当然だな! それくらい用心深けりゃ、マフィアとして上出来だ!」


 ニコラスさんは僕とジャッキーの間に割り入って、肩をバンバンと叩く。


「俺は近頃、ちょっとしたトラブルの解決で街の外に出張っててよ。アジトに帰ってきたのはついさっきだから、お前らとは初対面になるな!」

「そ、そうですね……」

「ひゃいい……」

「おっと、ビビらせちまったか?」


 僕はともかく、ジャッキーが早くも涙目になってしまったのを見て、ニコラスさんはぱっと僕らから手を離してくれた。

 外でどんな仕事をしていたかはともかく、このフランクさは信用してもよさそうだ。


「実はグレゴリーの旦那から、ある仕事をお前らに任せてくれって頼まれたんだ」


 警戒心を解いた僕に、ニコラスさんが言った。


「仕事、ですか? さっき終えたばかりですけど……」

「新入りが1日のうちに何度も別の仕事をするなんて、そう珍しい話じゃねえさ。それに、これは旦那から直で下ろされてきた頼み事なんだぜ?」

「……どんな仕事なんです?」


 僕の問いかけに、ニコラスさんは欠けた歯を見せて笑った。


「なあに、簡単なもんだ――俺達の許可を得てない賭場に押し入って、ぶっ潰せとさ!」


 え?

 待って待って、とんでもない仕事をさらっと言ってのけたね!?


「賭場はここからそう遠くないから、案内してやるよ! ついてきな!」


 茫然ぼうぜんとする僕らを置いて、ニコラスさんがどかどかと歩いてゆく。


「……あ、アニキ! ついていかねえと!」

「そ、そ、そうだったね! ニコラスさん、待ってくださーいっ!」


 我に返った僕とジャッキーは、慌てて遠くなるニコラスさんを追いかけた。


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