「カポールの西にある錬金素材屋『キートン商店』……ここだね」
しばらくして、僕はひとりで街の外れまで歩いてきた。
目的地は目の前にある、年季の入った小さなお店。
玄関のベルから看板まで、なにからなにまでがたが来ている、
ただ、これから起こる出来事を考えれば、その方が都合がいい。
「……誰かに見られるのは、面倒だからね」
ひとりごちて、すう、はあ、と深呼吸する。
そして僕はゆっくりと、素材屋の扉を押し開けた。
「おや、坊ちゃん。錬金術ギルドのお使いかい?」
スーツを着た僕を出迎えてくれたのは、太った夫婦だ。
どちらも赤毛で、ジャッキーの両親であるのには違いない。
違うとすれば、人を見下すような、どこか卑屈な目つきだろう。
何となくだけど、どこの誰にもこんな目をしてるんじゃなくて、相手によって態度を変えていると察せた。
「いえ。ティラミス・ファミリーの
僕がそう言うと、キートン夫人がくすくすと笑った。
まあ、この反応は当然だろうね。
「あら、まあ。【
「ごっこじゃありません。僕はファミリーの一員です」
マフィア遊びとは言わせないとばかりに語気を強めると、カウンターの奥から店主がのそりとこちらに近寄ってきた。
彼から感じ取れるのは、敵意にも似た
僕が何かをしでかせば、テーブルに置いてあるフラスコで、殴りつけてくるかも。
「……そんなお坊ちゃんが、うちみたいな街の
圧をかけているんだろうけど、
店主の視線に真っ向からぶつかるように、僕は声のトーンをわずかに落として告げた。
「少し前に、ジャッキー・キートンという新入りが上納金をハネて懐に入れました。彼女はあなた達のお子さんだと聞きましたが?」
「ええ、確かに……あの子はどうなりましたか?」
「掟を破ったマフィアの、ましてや新入りの末路はひとつです」
「そうですか」
予想通り、ふたりの反応は冷めていた。
ひとり娘が死んでも眉一つ動かさないのは、流石に想定外だったけど。
「……悲しまないんですね。娘さんが死ぬよりもひどい目に遭っているかもしれないのに」
「悲しむことなんてありませんよ――あの親不孝者のうすのろが死ねば、せいせいします」
しかも、母親にいたっては「親不孝者」とまで言ってのけるだなんて。
「親不孝者、だって?」
「ええ、そうですとも。いつもグズグズメソメソとしてて、何をやらせてもうまくいかないし、そのくせ謝罪だけは
これが親の言い分か。
どんな形であれ、人を育てた人間のさまか。
口から感情任せに言葉を吐き出したくなるのを、僕はぐっと抑えた。
ジャッキーへの仕打ちをすべて聞き終えるまでは、僕が動くわけにはいかないんだ。
「そんな奴がいきなりマフィアになりたいだなんて、うちの店を継がないなんて言い出したんですよ。散々なぐ……説得してやってもきかないから、こっちもカチンときて、追い出してしまってね」
「最期までひと様に迷惑をかけたのは、代わりに私が謝りましょう」
僕を文句のはけ口程度に思っているのか、父親も会話に混ざってくる。
さらに母親の話で、もう一つの謎も解けた。
ジャッキーの体に残っていたあざは、事務所で殴られただけじゃない。このふたりも、ことあるごとに暴力をふるっていたに違いない。
ここまで聞けば、もう十分だ。
というより、もう聞くに
「自分の子供が死んだのに、何とも思わないんですか」
「もう違うだろう、死んだんだから。話は終わりかね、おぼっちゃま?」
父親、いや、人の親を名乗るのもおこがましい外道め。
さんざん自分の子供を侮辱して、ただで済むと思ったら大間違いだ。
「……いえ、ここからが本題です。これ、何か分かりますか?」
僕がズボンのポケットから取り出したのは、ジャッキーから預かった小袋。
ただの小袋には違いないのに、夫婦の目の色が明らかに変わったのを、僕は見逃さなかった。
特に母親の方は、暑くもないのに汗をかいている。
「小袋が、どうかしたんですかね」
「みかじめ料が入っていた小袋です。他の誰が忘れていても、これだけは入っていた銀貨の匂いを覚えています。これがもしも意志を持ったとして、本当にお金を盗んだ犯人の元に駆けていったら、どうします?」
少しの間、沈黙が流れる。
ふたりが露骨な目配せをしているのは、僕を追い出す算段を立てているのか、あるいはもっと恐ろしい対策を練っているのか。
暴力に
「……今日はもう帰っとくれ。店じまいだよ」
「どうしたんですか、急に? まさか――」
ジャッキーの父親がとうとう、僕の方へと詰め寄ってきた。
もう間違いない。このふたりは――。
「――まさか、人からくすねたお金を使わずに、ポッケにしまっているとでも?」
ジャッキーの小袋から金をくすねて、まだしまい込んでいるんだ。
「いいから帰れ、帰れ! 出てかないと、ただじゃおかないぞ!」
父親が拳を握り締めて殴りかかろうとしてきたけど、かわす必要なんてない。
「ただじゃおかないのはこっちの方だ、【狼の
僕の手元には、小袋が変身した
『ウオォォーンッ!』
「わ、ぎゃあっ!?」
狼は唸り声をあげて飛び出すと、父親の顔を思い切り引っかいてから、短い足でドタバタと逃げようとするジャッキーの母親の足首に噛みついた。
ふたりはその場に転がり込んで苦しそうな声で、言葉にもならない声で喚いた。
「小さいからって甘く見ない方がいい。牙も爪も、闘争本能も狼そのものだ。鋭さと凶暴さは保証するよ」
戻ってきた狼の背を撫でながら、僕はふたりの前に立つ。
痛みに悶えるふたりの、あぶら汗に満ちた顔なんて僕は見ちゃいない。
見据えているのは、ジャッキーの母親のエプロンからこぼれ出た銀貨だ。
「この銀貨、どこかで拾ったのかい? それとも、どこかから抜き取ったのかい?」
「ぐ、ぐぐ……」
「いや、言わなくていい。僕が当ててあげるよ」
僕の狼が降りて匂いを嗅ぐと、もう一度吠えた。
「この銀貨は、ジャッキーが持っていた銀貨だ。狼が匂いを嗅ぎ当てたのがその証拠だ――袋の匂いがべったりと残った、ジャッキーからくすねたお金だってね!」
果たして、狼になった袋は、同じ匂いの銀貨を見つけた。
自分の娘から大事な銀貨を盗んだという証拠を叩きつけられて、ジャッキーの両親はたちまち青ざめていった。
さて――ここからが、本当のお仕置きだ。