「う、うぅ……」
「……ピンハネか。こいつがファミリーに入って、最初の仕事だったな」
怯えた目でこちらを見上げる彼女の罪の重さを、グレゴリーさんも当然分かってる。
「そうですよ! こんな奴を許してたら、ティラミス・ファミリーの名がすたれますぜ!」
ピンハネ。
上納するお金を
ましてやマフィアを相手にそんなことをすれば、タダじゃすまない。
「だいたい、中身が足りねえのを問い詰めたら、家以外にどこにも行ってねえだなんて言い出すなんてよぉ! 自白と一緒なんだよ、ガキがっ!」
「ひぎっ!?」
だとしても、腹を蹴飛ばされ、もだえ苦しむ女の子を放ってはおけない。
「ちょ、ちょっと待ってください! この子、女の子じゃないですか!」
マフィアのふたりは、介入しようとした僕に対して、顔をしかめた。
「お前、この前ファミリーに入ってきたチビだな。ちょうどいい、教えといてやるぜ」
「どんな奴だろうと、ファミリーの掟を破ったなら罰を与えられて当然だ! 追放される前にボコボコにされても、文句は言えねえんだよ!」
「ぐ、グレゴリーさん!」
怒鳴るふたりじゃあダメだと、僕はグレゴリーさんにも声をかける。
でも、返ってきたのは鷹のような鋭い視線だ。
「……こいつらの言い分が正解だな。ファミリーからの追放は当然だ」
むしろこの人は、女の子に暴力を振るうふたりよりもずっと、事態を重く見てる。
「二度と俺達に関わりたくないと思えるように――指を斬り落とせ」
何のためらいもなく、指を斬り落とすなんてとんでもない罰を与えようとするんだから。
絶句する僕の前で、少女はいよいよ大粒の涙を
「ひっ……ま、待って、おいらやってねえ、何もやってねえべ!」
「だったら、金はどこに行った? それくらいは言えるだろう」
最終通告ともいえる問いに、少女は田舎なまりのしどろもどろな対応しかできない。
「……わ、分からないです……おいら、ちゃんとお金をもらったべ! で、でも、おいら、ドロボーなんてしたことないべ、だから、だから……!」
「一本でいい。小指だ」
「はいよっ!」
マフィアのひとりがナイフを取り出して少女の右手を掴むと、彼女が暴れ出す。
ダメだ。
皆には悪いけど、このまま指を切られるところを黙ってみていられない。
「ひいいっ! やっでない、やっでないでず! おいら、なにもやっで――」
鼻水まで垂らして
「――【狼の
「どわぁッ!?」
観葉植物を変化させて生み出した2匹の狼が、マフィアを突き飛ばした。
『グルルル……』
『ガウァッ!』
観葉植物でできた狼とはいえ、野生の本能は獣そのものだ。
成人男性を突き飛ばすのは造作もないし、幹でできた牙と爪は凶器に他ならない。
「な、なんだぁ!? 観葉植物が、狼に……!?」
「……何のマネだ、エドワード。返答次第では、タダでは済まさんぞ」
驚きのあまり、腰を抜かしてナイフを落としたふたりをかばうように、グレゴリーさんが立った。
とんでもない威圧感だけど、ここで僕が引き下がるわけにはいかない。
「こ、この子は無実だと思います。言い訳とかじゃなくて、本当にお金を盗んでないんです。だったら、指を斬り落とす理由もないはずでしょう!」
僕がどうにか言葉を紡ぐと、ふたりのマフィアが歯を剥き出しにして前のめりになった。
「はぁ!? ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
「こいつは金を集めてからここに来るまで、一度も袋を開けてねえんだぞ! 金額も確かめたくせに金が減ってるなら、こいつがハネた以外に何を疑うってんだ!」
「でも、彼女の目は嘘なんてついてない!」
証拠はない。でも、確信はある。
「ひっぐ、えぐ……」
丸い瞳の奥に見えるのは、理不尽への恐怖。
同じ経験があるからこそ、僕にはそれが分かったし、見捨てられるはずがなかった。
「真相は別にあるはずです! 僕に……僕にそれを調べるチャンスをください!」
「なぁーにを訳の分からねえことを……」
いよいよマフィア達の拳の矛先が僕に向きそうになった時だ。
「よせ、止めろ」
グレゴリーさんが静かに告げると、彼らの手が止まった。
彼は銀色の眉を吊り上げて、嫌な笑みを浮かべながら言った。
「……面白い。信じてやろうじゃないか、こいつを」
「「えぇー!?」」
正直言って、グレゴリーさんが僕を強くとがめる姿は想像できたけど、まさか僕の意見に同意してくれるとは思っていなかったから、僕はわずかに呆けてしまった。
マフィア達が飛び退いて驚くのも、無理はないと思う。
「……あ、ありがとうございます」
「ありがとう、だと? 何を勘違いしているんだ?」
ところが、そう聞いて僕は、自分のとんだ勘違いを恥じた。
グレゴリーさんは僕に同意したんじゃない。
僕がどれだけ愚かなのかを、試すつもりだ。
「本当に金を奪っていないというなら、真犯人を連れてこい。できないなら、どこから調達してもいい、ハネた金額の10倍の金を持ってこい。そのどちらもできないなら……」
ここまで言ったんだ、僕もノーリスクだなんて思っちゃいない。
「分かってます。僕の指を1本でも、2本でも持っていってください」
「……ククク、安心しろ。エド、お前には何もしない」
でも、僕は彼に、本当の意味で自分の甘さを思い知らされることになった。
「罰するのはそっちの方だ。指1本の代わりに、両目をもらう」
「ひっ……!」
女の子はいよいよ、恐怖と絶望で目を見開いた。
まさか、僕と彼女を同等に罰するんじゃなくて、彼女ひとりに重い罰を与えるなんて。
「フェアじゃありません! 僕も罰を受けます、彼女は指1本で……」
「いいや、ダメだ。ティナのお気に入りを傷つけるわけにはいかないからな。それともお前は、自分を犠牲にして、女を助けられるとでも思ったのか?」
「それは……」
彼に厳しい声をぶつけられて、僕の反論の余地はなくなった。
彼の言う通り、僕はもしかしたら、ティナに気に入られたって慢心があったのかもしれない。
自分が犠牲になっても、何とかなるだろうと軽んじていたのかも。
グレゴリーさんが指摘したのは、そこだ。
「小僧、自分を犠牲にするなど、甘っちょろい考えで人助けをしようと二度と考えるな。お前の安直な行動がファミリーに害を及ぼすなら、俺は貴様の眉間を
彼がスーツの袖をまくると、小型の黒いクロスボウが装備されていた。
「猶予は今日の真夜中まで、時計の針が頂点を示すまでにアジトに戻れ。それを過ぎたら、どんな結果を持ってこようが掟に従って罰を下す。逃げようなどと考えるなよ……行け」
がちゃり、と扉を開けて、グレゴリーさんは僕達に外に出るように促した。
ふたりのマフィアに押し出されて、転がるように少女が先に部屋を出る。
その後に続いて僕も事務室を出ようとした時、グレゴリーさんの囁き声が聞こえた。
「――貴様ならできるはずだ。実力を見せてみろ、エドワード」
はっと振り向く余裕もなく、僕は事務室から叩き出されて、扉は完全に閉められた。
僕には分かった。
猶予を与えてくれたのは、グレゴリーさんなりの優しさだって。
(グレゴリーさん……信じてくれたなら、僕はマフィアとしてそれに応えます!)
僕は固く決意して、涙ぐむ少女の手を引く。
そして、地上へと続く階段を上っていった。