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第6話 ピンハネはご法度

「半分、ですか?」


 戸惑う僕に、グレゴリーさんは足を止めて言った。


「いいか、マフィアはそこらで小さな犯罪を繰り返している浮浪者とは違う。その街や周辺の地域に根付いて活動する組織が、殺しとゆすり、たかりだけをしていて成り立つと思うか? 信頼される組織になれるとでも?」


 確かにそうだ。

 本当に犯罪ばかりをしていたなら、さっきから街を歩く人達に多少なり恐れられているはず。


「仮に犯罪にばかり手を染めていたとしてだ、いきなり殺人を任せると言われて、貴様にできるのか?」

「……ごめんなさい、難しいと思います」

「できないと言わないあたり、貴様はおかしな奴だな」


 ふん、と鼻を鳴らして、グレゴリーさんは少し離れたところを指さす。


「例えばあそこを見てみろ。あの花屋と道具屋、貴様には何に見える?」


 何に見えると言われても、あそこにあるのはただの花屋と、冒険者がナイフやロープなどを買う道具屋だ。

 客に花束を渡す年配の女性と、ニコニコと店頭で新品のロープを宣伝する男の人は、とても悪党なんかには見えない。

 だけど、グレゴリーさんが聞いたのなら、何かがあるはず。


「花屋は……夫婦でいとなんでいます。あの道具屋は改築したてで、それなりに稼いでいると思います。冒険者ギルドがアイテムをまとめて発注するくらいの規模に見えます」


 どうにか僕が回答をひねり出すと、グレゴリーさんはもう一度歩き出して小さく頷いた。


「目の付け所は悪くないが、不正解だ――あの店の経営者はどちらも、末端だがティラミス・ファミリーの一員だ」

「えぇっ!?」


 僕は思わず、素っ頓狂な声を上げた。

 だって、あの人達はどう見たって、屈強なマフィアの一員になんて見えない。


「裏の稼業だけで稼げる額は確かに多いが、リスクもある。今のように、しっかりと街に根を張っておけば、いずれ貴族を従える時にいい戦力になるというわけだ」

「貴族を従える……ティナも言ってましたけど、どうやるつもりなんですか?」

「簡単だ。連中の秘密を握るか、街の者どもを扇動せんどうさせる。貴族は私腹を肥やし、民を無下むげに扱っているとそそのかして、武器を与える……もっとも、後者は最終手段だ。俺達の望みは、仕事を容認して定期的に金を渡す、無能な領主だからな」


 疑ってはいなかったけど、彼らはやっぱり、貴族よりも偉くなるつもりだ。


「話が逸れてしまったが、普通の仕事がファミリーの利益になるケースは少なくない。商人の護衛、冒険者ギルドでのカフェ経営、錬金術工房へのアイテム売買、何でも金になる」

「じゃあ、裏の仕事というのは?」

「さっきも言った通りだ。店やバーを悪漢から守ってやるための『みかじめ料』、金貸し、地下賭場とばの経営が主なところだが、【錬金術アルケミー】のスキルを使うポーションの密造にも近頃手を出した」


 この世界のマフィアだと、お酒じゃなくてポーションの密造になるんだね。

 スキルでポーションを作るらしい、ローブを羽織った人ならアジトで時々見たよ。


「ポーションの密造……わざわざ隠れて造らなきゃいけないんですね」

「錬金術師は領主か錬金術ギルドに許可を得なければ、ポーションの錬成が許されていないからな。そのせいでどれも高額になったが、おかげで俺達が安価に錬成して売りさばくビジネスが成立しているのは感謝しないとな」

「足がついたりはしないんですか?」

「そのくらいの対策はしている。街の自警団や貴族お抱えの騎士くらいなら、永遠に俺達の尻尾すら掴めないだろう。まあ、いずれは自警団も俺達の言いなりだ」


 すたすたと通りを歩いていく中で、僕はふと気になった。

 もしかすると、彼らはもっと闇の深い犯罪行為に手を染めているんじゃないかと。


「えっと……売春とか、麻薬とかには手を出してない、ですよね……?」


 僕が聞くと、グレゴリーさんは首を横に振った。


「ティラミス・ファミリーのルールをひとつ教えておいてやろう。殺人までは仕事とするが、人身売買と麻薬に手を出した奴は、絶対に生かしておかない」


 よかった。僕は心の中で胸を撫で下ろした。

 犯罪に大も小もないとしても、そのふたつだけは気が進まなかったんだ。


「ティナがこれを嫌っていてな。俺ももちろん好まない」

「……僕もです」

「気が合うな」


 この時、やっとグレゴリーさんが歯を見せて笑ってくれた。

 つられて、僕も笑った。


「ちょうどいい、あそこに地下の賭場がある。様子を見に行くとするか」


 見た目はごく普通の宿屋だけど、入ってきた僕とグレゴリーさんを見るなり、宿主さんがいそいそと地下に続く扉へと案内してくれた。

 カウンターの後ろに隠れた扉があるのは、なんだか忍者屋敷みたいだ。

 少しだけワクワクしながら階段を下りた先には、薄暗いけど、古ぼけた宿屋からは想像もつかないほど広い賭場があった。

 ディーラーが2、3人と、ガラの悪い男女が何人かで、ギャンブルに興じている。


「凄いですね、宿屋の下にこんな施設があるなんて……」

「ティラミス・ファミリーの黎明期れいめいきから続く、由緒ある賭場だ。規模は小さいが上顧客じょうこきゃくもいるし、俺達に必要な情報が一番集まる、なくてはならない場所だな」


 人生の先輩についていきながら、僕はギャンブルを横目に見てゆく。

 トランプに似たカードの役を揃えたり、サイコロを転がしたりと、シンプルなものだ。


「カードとダイスを使ったギャンブルを?」

「そうだ。遊んでいきたければ金を貸してやるが、どうする?」

「遠慮しておきます。僕、賭け運は強くないんです」


 グレゴリーさんの提案を断ったのは、僕がギャンブルに向いていないと知ってるから。

 競馬もパチンコも、ちょっとした賭け事だって当たったことがないんだもの。


「賢い選択だ」


 彼についていくと、賭場の奥にある黒い扉の前で立ち止まった。


「ここが事務所だ。明日から請け負ってもらう仕事について、ここで詳しく説明してやる」

「あ、はい。失礼します――」


 グレゴリーさんがノブを回すと、ぎい、という軋んだ音と共に扉が開いた。




「――きゃあああっ!」


 最初に僕が聞いたのは、歓迎の言葉どころか、女の子の鋭い悲鳴だった。

 何が起きたのかと面食らう僕の目に、ひどい光景が飛び込んできた。

 テーブルとちょっとした観葉植物しかない狭い事務室で、女の子がふたりのマフィアに踏みつけられてるんだ。

 ぼさぼさの赤毛や顔を上げた時に見える栗色の垂れ目、僕よりも5つほど年上に見える背丈や右目の下の泣き黒子は、この際どうでもいい。

 問題なのは、その格好だ。

 その服は明らかに僕達と同じ、ティラミス・ファミリーのスーツだ。

 大きすぎるスーツのせいで萌え袖になってても、彼女はファミリーの一員だ。


「このクソガキが! ごめんで済むと思ってんのか!」


 彼女もファミリーだというのに、ふたりの暴行にはまるで遠慮がない。

 頭をかばう手のひらにあざができても、お構いなしだ。


「ぐっ!? あ、がぁっ!?」


 ただただ体を丸めてうずくまる少女。

 それを唖然と見ているしかない僕の横を通って、グレゴリーさんが部屋に入った。


「……何があった?」


 僕の肩を押して部屋に連れ込み、扉を閉めると、マフィアのひとりが気づいた。


「おっと、グレゴリーさん! すいません、見苦しいもんを見せちまって!」

「何があったのかと、聞いているんだが」


 ふたりのマフィアは足を止めて、顔を見合わせてから言った。


「実はですねえ、このチビがみかじめ料をかすめ取ってやがったんですよ!」

「なんだと?」

「しかも知らねえ、自分じゃねえの一点張りでしたんでね! ファミリーの掟の通りに、ちょっとらせてやったんでさぁ!」


 僕はどうして彼女がここまで痛めつけられているかを理解した。

 あの女の子はマフィアのご法度――利益のピンハネをしでかしたんだ。

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