「――なかなか似合っているぞ、エドワード・マックスウェル」
グレゴリーさんに声をかけられて、僕――エドワードは、はっとした。
黒い靴を履いてアジトの玄関に立っていてぼんやりとしているさまは、きっと隣に立つグレゴリーさんからすれば、おかしなものだっただろう。
「あ、ありがとうございます」
ファミリーに加入すると決めた日から、僕は屋敷の中でしばらく生活していた。
僕自身、今の姿のまま外に出れば、デイビスの追っ手に捕らえられるかもしれないというのは重々承知しているしね。
部屋で待機している間にファミリーの皆も会話して、少し仲良くなれたのも収穫だ。
そんなこんなで昨日、やっと外出の許可が下りたんだ。
「髪色と髪型まで変えてもらえるなんて、思ってもみませんでした。世の中には、そういうスキルもあるんですね」
ただし、奇抜なメガネをかけた理髪師のおじさんが、僕に手を加えてからだ。
髪はセミロングの深い藍色に、瞳は黒色に。
服装は貴族のお坊ちゃまが着るようなものから、子供サイズのスーツに。
ついでに、目元には小さな色付きレンズのメガネも。
恥ずかしいけど、おこちゃまマフィアなんてのがいたら、それが今の僕だろうね。
「『永遠の
少しうきうきした気分は、銀の顎髭をなでつけるグレゴリーさんの言葉で鎮まった。
「追っ手……やっぱり、来るんでしょうか」
「街で何度か見かけたぞ。だが、かえって貴様が見つからんと確信した」
「え?」
僕が不思議そうに見つめると、グレゴリーさんが鼻で笑った。
もう追手が来ているなら、僕にとって相当危険なのに、どうしてだろう。
「エドワード、もしも奴らが本気で貴様を探しているのなら、張り紙のひとつでも用意するに決まっている。だが、連中は軽く巡回をするだけだ。要するに、貴様を探しているのではなく、探しているというていを雇い主に見せたいだけだな」
なるほど。デイビスは僕が死んだと思っているけど、念のため捜索させているみたいだ。
「少なくとも、その髪とスーツならばれはしない。ついでに言っておくが、人差し指の指輪はティラミス・ファミリーの仲間の証だ。いかなる時も外すな」
グレゴリーさんが指さした先にあるのは、僕の指に嵌められた黄色いリング。
屋敷にいる誰もがつけているこれは、僕の生命線のようなものだ。
「心に留めておきます。皆も、メガネをくれて、ありがとうございます」
「おう、さまになってるぜ、坊主!」
「ファミリーの仕事に慣れるまでは、何でも頼ってちょうだい!」
「は、はい! がんばります!」
玄関を歩いていく屈強なマフィア仲間に背を叩かれるのは、悪い気分じゃない。
ユスティナさんが用意してくれたスーツと相まって、本当に闇社会の住人になれた気分だ――いや、実際なっているのだけれど。
「そういえば、ユスティナさん……いえ、ボスがスーツも仕立ててくれたんですよね。スーツっていい匂いがするなんて、初めて知りました」
「あいつのセンスは信用できるからな」
グレゴリーさんがからからと笑うと、後ろから声が聞こえた。
「それだけ期待している証、と思ってくれ」
黒いジャケットを肩にかけた、背の高い黒髪の女性。
ティラミス・ファミリーに入った以上、見間違うわけがない。
「ユス……じゃなくて、ボス!」
ファミリーを
しまった、とばかりに口を抑える僕を見て、ユスティナさんの口端がわずかに上がった気がする。
ボスを名前で呼ぶなんて、失礼をしたというのに。
「他人行儀だな、ユスティナでもティナでも自由に呼べ」
まさか愛称で呼べと言われるなんて予想してなくて、僕は目を丸くした。
もしかすると、ユスティナさんは見た目によらず気さくな人なのかな。
「い、いいんですか?」
「ティナが言うなら、従っておけ」
「じゃ、じゃあ……ええと、ティナ?」
僕がティナ、と呼ぶと、彼女はさっきよりも少しだけ笑ってくれた。
「……それでいい。せっかくの仕事だ、楽しんで来い」
そうしてティナが背を向けて歩いていくと、近くにいたマフィアの皆が、目を丸くしながら次々と僕の背中を叩いてきた。
「お前、すげえな。俺だったら呼べって言われても呼べないぜ」
「なかなか度胸のあるガキじゃねえか!」
「ど、どうも……」
どうやらマフィアというのは、僕が想像している以上にフランクみたいだ。
実際、部屋にいる間も皆は明るく優しく接してくれたし、今もこうして年齢の垣根を感じさせない対応をしてくれる。
だったら、それに甘えて質問もしてみようか。
「あの、グレゴリーさん。ティナも、スキルを使えるんですか?」
「当然だ。あいつのスキルは、ティラミス・ファミリーの誰よりも凶暴だぞ。一度見たらトラウマになるかもな、ククク」
「そ、そうなんですね……」
僕がひとりで感心していると、グレゴリーさんが僕の頭にぽん、と手を乗せた。
「小話はここまでにして、そろそろティラミス・ファミリーの仕事を案内してやろう。外に出る勇気はあるか?」
彼の話す勇気というのは、デイビスの手の者を恐れないか、マフィアとして生きていく覚悟があるのかという意味だと、僕は受け取った。
なら、答えなんてひとつしかない。
「覚悟はできてます」
じっと彼の目を見つめると、グレゴリーさんが眼帯の奥の【
「フン、いい顔だ。なら行くとするか、エドワード」
そうして僕は、グレゴリーさんの後ろについて、屋敷の外に出た。
「……これが、カポール……」
「そうだ、ここがカポール。都ほど騒がしくもなく、村ほども寂れていない、ちょうどいい俺達の拠点だ。貴様も、じき好きになるだろう」
屋敷の外は、ごくありふれた、西洋の世界観を
フランシスだった頃はほとんど見る機会のなかった、ファンタジーの光景。
露店が並び、街の住民が行き交い、時折こちらにちらりと視線を投げかけてゆく。
「僕はもう、この街が好きです」
「フン」
素直な感想を言ったつもりなのに、グレゴリーさんは鼻を鳴らすだけだった。
ぐるりと振り返ってアジトを見てみると、外側は赤い屋根の、ただの大きなお屋敷だ。
看板には『職業相談所』と書いてあるけど、誰もマフィアがいるなんて思わないのかな。
なんて考えていると、グレゴリーさんはもう、通りを歩き始めていた。
「エドワード。貴様にとってマフィアの仕事とはどんなものだと思う?」
慌ててついていく僕に、グレゴリーさんが聞いてきた。
正直に言うと、マフィアの仕事なんて前世の映画で見た程度の知識しかない。
しかも、作業の片手間に見た程度で、ほとんど覚えていない。
「どんなものか、ですか? アジトで暮らしてる間にファミリーの皆から聞いた話ですけど、恐喝、殺人、人身売買に密輸……」
確か、ファミリーの皆が「こんなことをしてるんだぜ」と自慢していたような。
どうにか思い出せた内容を並べていくと、グレゴリーさんがため息をついた。
「……半分は正解だ。だが、もう半分の仕事を知っておかないと、貴様は死ぬぞ」
そう聞いて、僕の背筋に悪寒が