――異世界転生すれば、何かが変わると思ってた。
平々凡々な人生を送っていた僕は、ある日、死因も忘れるほどあっさりと死んだ。
次に目を覚ましたのは、温かいベッドと窓から覗くファンタジーのような世界で、僕は8歳の子供の姿になっていた。
僕はコーサノス王国の北西に位置するグラッドストーン侯爵領地を治める、グラッドストーン家の次男、フランシス・マッケンジー・グラッドストーンとして生まれ変わった。
茶色い髪に、白い肌。ついでに自分でいうのもなんだけど、柔らかくて愛らしい顔立ち。
幸い、ネット小説をよく読んでいた僕は何が起きたのか即座に理解できた。
これは『異世界転生』だ。
つまり僕には、ゲームのような世界で暮らし、冒険者として生きたり、領地を経営したりする、第2の人生を生きるチャンスが与えられたわけだ。
けど、気づくべきだった――僕はただ転生をしただけだと。
「いつになったらスキルに目覚めるんだ、お前は! この無能が!」
僕の父、ディートは僕を見るたびに頬をはたいた。
嫌われるようなことをした覚えはないのに、僕の存在が
「フランシス、あなたは本当に私の子なの? どうしてそこまで無能なのかしら」
母パメラは、僕のすべてに
僕が両親に邪険に接された理由は、【スキル】の有無だ。
この世界には、ファンタジーにおける魔法がない。
代わりに10歳になるまでに、異能の力――スキルを得られる。
貴族の間ではスキルの有無と、それにつけられる『S』から『D』までのランクはステータスそのもので、グラッドストーン家の血筋の人間は誰もがスキルを覚醒させていた。
なのに、僕だけが転生して2年経ってもスキルに覚醒しなかった。
その一方で、僕の兄デイビスはSランクのスキルを手に入れていた。
「おい、フランシス! 今日もあれをやるとするか!」
僕より8つも年上で、ずっと頭が良くて、武術に優れていて、顔立ちもハンサムで、他の領地にまで名が知れ渡るほどの社交力と政治への意欲もあるデイビス。
彼が手に入れたのは、属性魔法を操る中でも最上位の、神聖な光を手のひらから生み出して自在に形を変える強力無比なスキル【
グラッドストーン家に代々受け継がれる、後継者の証ともいえるスキルだ。
デイビスはスキルの精度を高めるために、あるいは暇つぶしのために、もっぱら広い庭で僕を的にして、光の玉を投げつけて痛めつけた。
両親も屋敷で働く人達も、誰もデイビスの凶行を止めなかった。
むしろ
「フランシス様はなぜ、あの血筋でスキルを使えないのでしょうなあ。もうあと半年もすれば、覚醒する機会もなくなるでしょうに」
「聞いた噂じゃ、捨て子か娼婦の隠し子らしいわよ?」
「なるほどな! 道理で、デイビス様と似ても似つかないわけだ!」
召使い達が陰でこんな話をしているように、僕は無能な人間の
「誰か言ってやれよ! フランシス様はデイビス様の出がらし、ってさ!」
「どこぞから養子でも貰って、あれには出て行ってもらったら?」
何度も心が折れそうになった。
それでも僕は、笑顔と明るさを絶やさないように努めた。
だって、異世界転生をした時に、僕は前世で人に優しくできなかった分、2年間で人助けや人の優しさを守りたいって心に決めていたから。
報われなくたって、僕にはそれしかできないんだから。
もちろん勉強も頑張ったし、10歳にできる範囲で社交や政治についても学んだ。
スキルがなくても何かができるんだって、証明したかったんだ。
そんな僕の態度は――結論から言うと、最悪の結果を招いた。
「ほらほら、スキルを覚醒させて防いでみろよ! じゃないと死ぬぞ~っ!」
その日もいつものように、僕はデイビスの的になっていた。
光の玉は直撃すれば肌を焼き、骨を折るほど強力で、正直なところ当たり所が悪ければいつ死んでもおかしくなかった。
そしてこの日が、運が悪い日だった。
「今日はちょっとだけ強いスキルを使うか……『
デイビスが光の玉じゃなく、細く尖った光の槍を投げてきたんだ。
槍に脇腹を貫かれた僕は、とうとうその場に倒れ込んで、動けなくなった。
体が動かない。血が止まらない。
呼吸すら細くなって、目がうまく開かない。
「……あっ」
庭に這いつくばる僕の姿を見て、流石のデイビスも焦りを隠せないようだった。
「やべえ、おい、おい! 死んでんじゃねえだろうな、おい!」
てっきり僕は、動揺した彼が人を呼んでくれるのかと思ったんだ。
確かにデイビスは、たちまち召使いをふたりほど呼び寄せた。
「お前ら――フランシスを捨ててこい!」
僕を助けるためじゃない――僕を処分するために。
あまりに唐突で、悪魔のような所業を聞いても、僕は指ひとつ動かせない。
「いくらスキルも使えない無能だからって、殺したとなると面倒だろうが! 屋敷からなるべく離れたところに、そいつを埋めて来い!」
今まで頑張ってきたのに、全部無駄になるのか。
スキルが使えないだけで、僕は両親に憎まれて、兄に殺されないといけないのか。
「やっちまったなー、父上と母上にどう言い訳すっかなぁーっ!」
僕の命の価値は、気まぐれで奪われる程度なのか。こんな横暴が許されるのか。
僕が何をしたっていうんだ。こんなところで死ななきゃいけないのか。
――そう思った時、僕はほとんど無意識に立ち上がっていた。
「あ、おいっ!」
デイビス達も死に体の僕が起きたのに気付いたけれど、止まる理由はなかった。
僕は血が流れる脇腹を抑えながら、庭からすぐそばの茂みに駆け出した。
「逃がすんじゃねえぞ! 殺してでも止めろ、街に出すなよ!」
「は、はいっ!」
「テメェ、フランシス! スキルも使えない無能のくせに、俺の【聖光】から逃げられると思ってんじゃねえぞ!」
狂ったようなデイビスの声が聞こえてきて、スキルの光が後ろからほとばしる。
「フランシス、フランシス! この無能があああッ!」
抑えた傷口から血がどくどくと溢れてるのに、どうして起き上がれたのかはさっぱり分からないけど、死の間際に神様が最後のチャンスをくれたんだと思う。
その機会を逃さず、僕は茂みと木々を抜けて、屋敷の外に転がるように逃げ出した。
ぽつぽつと雨が降り出して、土砂降りになってきてもまだ、僕は捕まりたくない一心でどうにか足を動かし続けた。
おかげで、一番近い街にはたどり着けた。
でも、僕みたいな子供に行く当てはないし、街の人に見つかれば屋敷に連れ戻される。
だからといって森や平地に逃げ出せば、魔物の餌になっておしまいだ。
要するに、僕の異世界生活はここで終わり。
どうして、なんでと自問しても、答えなんて出てこない。
街の路地裏で、僕は雨に打たれながら倒れ込んだ。
転生してこのかた、いいことなんてひとつもなかった。
スキルがないだけでどんな努力も認められず、屋敷の外の誰にも存在を知ってもらえず、挙句の果てには死んでくれと望まれた。
こんな異世界転生――あんまりだ。
僕はもう、何もかもどうでもよくなって、静かに目を閉じた。
「……どうした……こいつ……」
「……スキル……間違い……ランクは……」
「連れて……貴族の……マフィア……」
どこかの誰かが、僕を見下ろしているのも関係ない。
だけど、もしも――。
もう一度やり直せるなら、僕は、僕の人生を――。
そこから先は、考えられなかった。
この世界のように冷たい雨の感触が、僕の意識をゆっくりと奪っていった。