七一 鬱憤
「休憩終わり。この場で集団面接に入ります。まず、お互いに顔が見える程度に円形になるよう、席を移動して下さい」
集団面接はディベート方式ではなくディスカッション方式で行われた。議題は、「趣味の共有と発見」と設定された。討論ではなく会議、協議を意図されたものだ。議題に即した自分の意見でいかに席巻するかという勝敗、結果至上主義ではなく、いかに柔軟に対応、進行させるかという過程に重きを置かれていたので、わたしには少々物足りないようにも感じられた。とはいえ、やろうと思えば――ディベートであれディスカッションであれ――いくらでも好印象を与えうるだけの自負はあった。車座に椅子を並べた学生たちに高橋先生がいう。
「制限時間の三〇分間、あなた方の裁量でディスカッションしてください。正解も失敗もありません。しいていうなら、ボールに一度も触らなかった、もしくは触らせなかったお友だちには、あまり嬉しくないジャッジが待っている、と思っていただいて結構です。ともあれ、あなた方にとってはこれが当ゼミの初仕事です。漠然としたテーマですが、なにをどうすれば生産的で建設的な場となるのか、どうぞみなさんで糸口を探ってください。あの時計で二十五分まで。始め」
趣味、か。とくに趣味らしき趣味もなく、またほかの学生と共有したい自分の考えや価値観もなかった。まずいテーマかもしれない。わたしは目だけ動かす。周りの学生の出方を観察する。
左隣の横山が手を挙げた。
「えっと、まず自己紹介から始めません? 初対面に近い人もいるんだし。自分は創薬二年の横山里美です。趣味といえば、さいきん車の免許取ったんで、モペットっていうバイクでそこらへんを散歩するのが趣味かな。モペットってのは自転車に三〇ccくらいのエンジン積んだかわいいバイクです。扱いとしては原付なんで車の免許で乗れるんです。ヘルメットは必要ですけどね。あとはまあ、子どもの頃から続けてるバイオリンと、高校の軽音でベースしてたくらいかな。それじゃあ、時計まわりでいいですよね?」
横山の作った流れに続き、ほかの学生たちもそのまま自己紹介を続ける。最後にわたしの順番が回ってくる。自分にしか聞こえない程度に咳払いをする。
「生命工学科二年、朝野聖子です。大学オケでファーストオーボエを吹いています。オケ以外では――その、大学生という身分を活かして、皆さんが答えた趣味のうち、せめて二、三種類は試してみようかと思っています」
――思う、か。結語としては貧弱な語彙だ。よろしくない答えだな、と即座に悔やむ。さっきまでの自負はどこへいったのだろう。
その後は主に横山が先導し、ほかの学生たちと時間一杯までこれが楽しい、あれが面白いと会話し、しかしかれらも自分の話しすぎを察すると、ごく自然に聞き役に回るなど、おおむねよくできた立ち回りだった。
三〇分が経過し、高橋先生が終わりを告げる。無性に疲れてしまった。
「ショウちゃん!」面接を終え、廊下に吐き出された学生のあいだを縫って横山が寄ってくる。「どしたの? 元気ないの? なんか、ぜんぜんしゃべらなかったじゃん」
わたしがなにもいわず横山の顔をぼんやり見ていると「あ――じゃあ、オケで話そっか」と、若干の気まずさを漂わせながら肩に手を置く。
わたしは二の腕を上げてその手を払う。
「えっ」
驚く横山を尻目に、わたしは廊下を進む。「ショウ、ちゃん?」
廊下を歩いたってどこへも行けないのに。このあと大講堂で、嫌でも横山と顔を合わせるというのに。どこへも行けない道を進んでいる。
この当時から、わたしには行き場のない思いがあった。その思いがなんなのか、まったく判然としないまま、ただ闇雲に歩き回っていたのだ。このときからすでに、自分でもなにに対して腹を立てているのか、了解しがたい不機嫌さに悩まされつつ、ずっと頭のもやもやした感じに苦しんでいた。つまるところ、わたしはわたしをうまくできなくなっていた。