六八 精霊
秋も深まり、ゼミの入室も締め切りが近づいてきた。わたしは高橋ゼミ――遺伝子組換え作物における遺伝子操作技術に関する研究室――へ幾度か訪問をし、情報も集めていた。研究室には、工学部だけでなく理学部や農学部、また四年制の薬学部創薬学科で農芸化学関係に進みたい者など、多くの志望者があった。基礎から応用まで広範な領域で必要な分野、間口の広い研究室なのだ。
志望者の中にはオーケストラの子もいた。集団面接による試験の開始間際、その子は目ざとく見つける。
「あ、ショウちゃん! 見ーっけ! ってことはライバルだね、うちら」と、その子がふふ、と笑いながら席をわたしの隣に移動させていった。あなたを蹴落とすのはわたしかもしれないのに、と内心思う。だが、その子――第一バイオリンの横山があっけらかんといった面持ちで笑うのを見て、なぜか羨ましくなる。
「横山さんもなの? えっと、創薬だったっけ」
「うん。だって六年制、難しかったもん。うちの頭なんかじゃ、ぜったい無理だったね。だから一年のうちはコスメ作るつもりだったんよ。でも途中でなんかさ、人助け的にはやっぱり製薬がいいかなあ、なんて思っちゃって。それでもね、聞いてよ。うちんとこさ、製薬にしても救いがたいほど難しくってさ。でも農芸だったら、まあ、それも少しは社会貢献できるかなあ、って思ったんだよね」と、横山は明朗に話す。農薬開発関係に進みたいのか。よくしゃべる子だな――オーケストラでは管と弦の関係上、あまり話すことはなかったが、悪い子ではないようだ。
「そうなんだ。わたしも似たようなものかなあ。高校のときヒトクローン造りたかったんだけど、知らないうちにタフなトウモロコシ作ることになった――っていうか、その予定。そういう星の下なんだろうね」
「ヒトクローン? まじで? まあ、そうしたもんかもね。やりたいこともだけど、やらなくちゃいけないことって、あるよね。どこかで神様がそういってるんだよ」とわたしの二の腕をはたく。
なぜだろう。わたし、この子の前で笑っている。「ええ? 神様?」
「うん。ああ、いってなかったね。うち、セシリア・横山里美っていうんだ、洗礼名。ちょっと恥ずかしいけどね。ショウちゃんはなんていうの?」
カトリック信徒だったのだ。それすらも知らなかった。「ううん、わたしプロテスタントだから、洗礼名ないの」と答える。
「プロだったっけ? 全然カトって感じだったよ、ショウちゃん」と笑いながらわたしの肩に触れる。スキンシップの多い子だなと思いつつ、「でも、十字は切らないし」という。
「あ、そういえばそっか。ま、うちも最近は十字切らないな。だってほら、いかにもって感じじゃん。周りを気にしてる訳じゃないけど、ひけらかすもんでもないし。心の中に精霊がいて下さったらそれでいいかな、みたいな」