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067 祈祷

六七 祈祷


 結局、わたしはかれに押された。訥々とこれまでのことなど、要約して(それにしても時間はかかった)話した。そのほとんどが、吉川のアパートで吐血した晩に話した内容の繰り返しであった。父の死を機に、神を試すことを志して工学部に入ったこと、それに加えて、日々の勉強のノルマ化であったり、近頃の情緒不安定さであったり(さらには根底にあるうつ的気分についても)、努めて感情を込めず話した。かれは適度に相槌も打ったし、麦茶も温めて持ってきてくれた

 ひと通り話し、ため息をつく。話したってどうにもならないのに。わたしに必要なのはカウンセラーではなく、強力な精神安定剤なのかもしれないのだ。これまでの――高校から今までの――自分を振り返り、その判断は妥当だろうとおぼろげに考える。

 あぐらをかき、手を後ろについたまま天井を見上げる。かれの方を見ると腕組みをしてうつむいており、「そんなに深刻にとらえないでよ。人間、悩みの一つ二つはあるもんでしょ。まあ、今話した悩みはヒトクローンを造れるかどうかっていう、ちょっと現実離れしたものだし。本質的にいえば、ただの情緒不安定よ。生理前かもしれないし、経過観察ということでいいと思う」となだめた。

 かれは大きく息を吸い込み、長いため息をつく。

「分かった。おれが思うほどやばいやつでもないみたいだな」立ち上がりながらいって、「コーヒーにする? カフェオレにする?」と電気ケトルに水を入れに行った。

 本質的には、か。そおんなことはなにも話せずじまいだったね、この朝は。

 かれの淹れてくれたブラックコーヒーはやたら濃かったし、わたしの焼いたトーストも少し焦げていた。わたしが食事に手を付けるまえに祈りをささげていると、かれはトーストをかじりかけのままわたしの祈祷が終わるのを待っていた。

 あえて書くべき事ではないかもしれないが――わたしはかれのこういうところが好きだった。わたしがご飯の前、祈りをささげているあいだは箸を止め、黙って待っていてくれていた。わたしは先に食べていてもらってもよいと毎回勧めるのだが、かれはじっと待っていてくれるのだ。それがとても可愛らしく、もし天国に行ったとしても、この食事の前のお祈りはかれと一緒がいいと思えた。


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