二八 変容
もう夜だ。
みなが楽器を置いて水分を摂っていると、虫の声が聞こえた。日も沈み、大講堂全体を冷やす何基もの強力なエアコンの風が二の腕をすっと撫でている。最後に時計を見たのは七時半ごろか。
「オッケー、終わり。次までにみっちり縦揃えてね。掃除して早く帰ろう。お疲れさまでした!(団員が続いて唱和する)」
わたしはようやく喉がからからであることに気づいた。ステージを降り、机の方へ向かい水を飲む。
「ああ、やれやれ」そう笑いながらかの女は指揮台から降り、わたしに近づく。
「朝野せいこさん?(しょうこです、と訂正する)あたし、学指揮の吉川さくら。ヨッシーでもなんでもいいけど、それは任せる。シングル・ダブルリードのパトリと兼務ね。あと、部長に田中っていうのがひとりいるけど、事務方だから夜はいない。ええと、しょうこさん、お疲れさま。いきなりで疲れなかった? ま、あたしが無茶いったんだけどね(はは、と笑う)。あと平松にセクハラされなかった?」と吉川は喉元の汗をタオルで拭いつついった。
「金髪の方とはなんというか、距離を置いてます。その人にも名前も教えてないはずでしたが——いきなりで入っていいのか、そもそも入れるのか迷いましたけど、幸い曲も難しくないですし、どうもそういう話が通ってあるみたいで」
「はあ、また平松のやつ、かわいい子の名前すぐ調べるんだから――あとで制裁を加えなきゃな」
「今日はありがとうございました。また機会があれば――」
「うん、いいよいいよ。顧問には話通してあるから、いつでもおいで。毎日おいで」と、快活に断じた。
「ああ、嬉しいねえ。オーボエがやっと入るんだねえ」と金髪男が出てきた。
「そうだよ。うれしいな、平松? これで思い残すこともなくセカンドに専念できるんだもんな? もうあんなミスやこんなミスも、オーボエ拾いながらなんですう、とかいういい訳とも卒業だな、はは。で、聖子さん、入団おめでとう」と、軽快に祝福する。
「はあ。ここ、話通すの早いんですね」
「まあね。団員は資産だから。それで、時間も時間だし、もう帰るよね? 楽器はそこの袖の方にロッカーあるよ。鍵ついてるから。駅まで送るよ」
わたしは「いえ、すぐ近くなので」といったんは断ったが、
「ならなおさら。この季節は痴漢出るよ。あたしの後ろに乗んなよ。ふたり乗り初めて? 大丈夫だよ、たぶん大丈夫」と、さらに誘われた。久しぶりに音楽をした高揚感もあり、あまり深く考えずにうなずくことにした。
これもだ。この時も疲れと、それに伴う浮かれた気分だった。わたしはこの疲労と、それによって高揚した気分でどんどん変容してゆくことになる。硬いさなぎから、羽化してゆく自分が華やかな蝶なのかみすぼらしい蛾なのか、それとももっと別な生き物なのか、それすらも分からずにただ殻を破ることに夢中になっていた。それが今日に至るまでの長い運命なのか、それともただの偶然の累積なのか、わたしは知らない。