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026 入部

二六 入部


 高校二年生の時だった。アンサンブルコンテストの木管五重奏で支部大会まで勝ち進み、そこで終わった。お前は初めからコンテストになんて出なければよかったのだ、と毎日手のひらに食い込む爪の痕が教えた。

 敗退後、まずホルンが全般的なミスや音程の不安定さを責められた。次にフルートとクラリネットが音程の揃え方——どちらに揃えるか、果てはどちらが主役か——で悶着し、バスーンはひたすら心を閉ざした。結局、ほかのメンバーが三年生なのに、わたしだけ二年生で未熟だった、それで敗退したのだ、と全員分の責めを負わせ、アンサンブルは安定を保った。これが調和——アンサンブルだ、という全員の結論をもって。

 わたしは幽霊部員と化し、父も逝き、いつ自殺してもおかしくない十七歳を過ごす羽目になった。

 完全に気が滅入った。不登校にもなりかけた。その後、部を辞めてからはずいぶんと気持ちもシンプルに(もしくは平板に)なり、勉強だけの世界に没入することができた。そして第一志望校にみるみる肉迫し、合格したのだ。その大学にもこんな金髪男のような男が在籍していると知り、興醒めもする。ただし、まるきり馬鹿ではないようだった。その中途半端なとらえ方に我ながらやりづらさを感じる。


 全体の合わせに入ったようだ(通常の練習では全体合奏はしない。おそらくは夏季の定期演奏会かなにかの演奏会が控えているためだろう)。金髪男がオーボエでA音――「ラ」を鳴らすがあまり定まらず、電子チューナーでコンサートマスターからオーケストラ全体までを合わせた。よくいっても玉石混交、悪くいえば、いや悪くいったらきりがないような出来だ。


 夜九時ごろ、練習が終わる。わたしが帰り支度をしていると金髪男が駆け寄って来、「どう? うちのオケ」と尋ねるので「おかげでいい勉強になったわ。十分見学させてもらったから、もうここには来ないでしょうね」と返す。

 金髪男はTシャツの袖で顔の汗をぬぐう。

「オーボエはいつ届くの?」

「知らないわよ」思わずあくびが出る。

「パトリには話通してあるから」

「なんの?」

「君の入部」

「だから、なんの話?」

「じゃあ、なんでオーボエが届くの? それより、なんで楽器がオーボエっていうことになってるの? まあ、その、なんていうか、実家から手持ちの楽器、来るっていったよね?」

「(ため息をつく)分かった、分かったから。正直にいう。生活費に充てるために売るの。駅前の楽器屋に。まあ、品物としてはいい方だったから」

「なるほど。じゃあ今は純粋に音楽を聴いてくれたんだね? おれのクラ、どうだった?」

「帰ってから予習し直さないといけない。こんなところで勉強しようとしたのが致命的なミスだった」と、楽器を入れたバッグの中を見られぬように荷物をまとめていると「送ろっか?」と金髪男がにやにやし始めたところで、パトリ――パートリーダーの女性が「平松! 早く掃除しろ。置いてくぞ、あほ!」と叫んだ。「大丈夫!」と金髪男――平松というのか、が返している声——わたしにはなにに対して大丈夫なのかも意味不明だった——を尻目にアパートへ急いだ。「じゃあね、朝野さん!」と金髪男が叫ぶ。

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