二四 無機
楽器店で買い込んだリードや音楽雑誌をバックパックに詰め込み、キャンパスに向かう。秋だというのに夏が戻ったような陽気で、あたりの学生もみな軽装だった。ことさらに肌を出す女子学生といい、かの女らを見る男子学生の目つきといい、大学を海水浴場かなにかと勘違いをしているとしか思えないような者もあった。わたしはゆったりとした黒いカッターシャツに足首丈のジーンズをコンバースに合わせ、つまるところ色気もなにもないわたしの服装は、こうした場合ちょうどよかった。見ず知らずの学生に声をかけられるわずらわしさもなく、風景に溶け込めるからだ。
フルートの音が聞こえてきた。風向きからして大講堂からだな、と視線を送る。外からは三階建てにも見えるが、中はコンサートホールさながらの階段状教室である。大講堂は、大学所属のオーケストラの練習場所となっていた(窓を開ける季節にはよく聞こえるのだ)。一限の講義が始まる前、団員が練習しているのだろう。うまいフルートだった。ほか、バイオリンやスネアドラム、ユーフォニアムも聞こえたが、取るに足らないように思われた。早々に講義室へ入り、微積学を受講する。
なんの問題もなく、むしろこの大学で自分の求める学習水準を達せられるのか不安になりながら、新年度を迎えた。
及第する際に予定通り特別奨学生の権利を得たわたしは、しかしだれにも賞賛されることもなく、また実家の母にもなにも告げず(口座の引落し額を訝しみ、初めて電話をよこした程度だった)、ただ黙々と自宅と大学の往復の生活を送っていた。