二〇 入学
平松高志――わたしが亡くした恋人との出会いは大学のオーケストラだった。日中の講義の時間、かれと交流を持ったことはなく、また持とうとするつもりもなかった。もとより、わたしは入学してから、かれに出会うまでは人と関わることを完全に拒否する姿勢であったのだ。だれとも打ち解けなかったのだ。その武装を解いたのが、かれだった。
仕事を持っていた母は卒業式も入学式も出られず、記念写真もなければさしたる感慨もなく、わたしの大学生活は始まった。
まず、入学試験の全学成績上位者を対象に、四年間の学費が減免されるという奨学生の権利が得られなかったことが不満だった。条件である生活困窮世帯には該当するはずで、さらには二次試験の英語と口頭試問など、パーフェクトといえたはずなのに。こんな――入学式にホストかホステスのような格好をしてくるような――者どもに負けるなんて。半ば復讐を果たすかのように次年度の、一年間の学費が減免される特別奨学生を目指し、やはり無感動に振る舞い、勉学を深めた。なにも難しいことではない。だれに話しかけられても、無視するだけでよいのだ。よくいえば孤高、平たくいって孤独。しかしその状況は、わたしをよりよい環境、すなわちだれも寄り付かず、だれとも話す労もない環境へといざなった。結果的に、学究の徒としてきわめて有効な状況をわたしは与えられたのだ。
この大学にはキャンパスがふたつあった。文系キャンパスと理系キャンパスとが、幹線道路を挟んですぐの近距離にそれぞれ設置されていた。
文系キャンパスは文学部や法学部、教育系など、講義や演習であまり広い土地を要さない学部群が、大学事務局や図書館、体育館などの全学共同の施設と一緒にあった。もうひとつの理系キャンパスは、医薬看護系と理工学系、および農学系が、比較的広い演習用地や設備とともにあり、さらにそこからひと駅の距離で医学部附属病院があった。
夏の夜の文系キャンパスにある大学図書館は大好きだった。静かで涼しく、わたしにこの上ない自習環境を提供していた。
その図書館で一年生のあいだは勉強に専念し、正規の講義の時間にはあまり面白くもない一般教養科目や、だれでも知っている内容の専門基礎科目を消化していった。つまり一年目に履修できる講義に魅力的なものはなく、またそれゆえに講師もろくな人間がいなかった。かれら講師もこの図書館に二、三ヶ月幽閉したら少しはましになるのではないだろうか(なぜならわたしが大学図書館での自習の結果、二年次に及第する際に特別奨学生の座につけたからだ)。