一八 約束
学務課に休学を申請し、アパートでひたすら酒に逃げた。そのころには吉川も(わたしがしたたかに――それもほぼ常に――酔っていて、バイクにも乗れないと断ることもあって)誘ってこなくなり、いっそうの喪失を感じていた。
「なんでひとりだけなの」と、自問にも似た問いを投げては、その返事のできないかれを責めた。「なんで高志はひとりなの」
そんな問いを真っ暗な部屋で投げかけた。
ゼミの教官の勧めで精神科を受診したころには、わたしはすでに大学からもオーケストラからも遠ざかり、高志の死と、目の前にあるだろう自分の死と対峙していた。吉川からであろうと、母であろうと、だれからのLINEであっても既読にもせず放っておいていた。スマホもできれば捨ててしまいたかったのだ。カウンセリングや精神安定剤では明るい未来など、見えるはずがなかった。そんな余地などどこにもなく、未来は変わらない。高志の死は決定的で、わたしのすべてに終止符を打っているからだ。
小ぎれいなクリニックを開業した精神科医はなだめすかして薬局に処方箋を持って行かせ、薬を飲むよう命じた。帰宅し、出された錠剤すべてを文机の上に袋ごと放る。ウィスキーのキャップを開ける。いくつか錠剤を口に含め、ボトルからそのまま飲む。そうだ、この喉の灼ける感じだ。これでいい、これでいつか
――地獄へ行ける。
処方されていた薬には嫌酒薬が入っていたような気もするが、この際どうでもいい。いずれにせよ、もはやどれほど善行を積んでも、どれほど悔いてどれほど祈りどれほど嘆けど
「同じなんだよ。わたしは悪魔なんだよ。悪いことしてなにがいけないんだ。わたしはもう、だれからも見放されたんだ。高志を殺した。わたしが、高志を殺した!」
天に呪詛を吐き、憤りとも不機嫌とも取れる心持ちでウィスキーを呷る日々だった。精神科医が治すのは気分の問題だけで、気の持ちようで変わるべき事柄など、なにひとつなかった。散歩に行けといわれたのでコンビニへ酒を買いに行き、睡眠をじゅうぶんにとれと助言され、こうして朝酒を飲んで酔いつぶれて寝ているのだ。どこに間違いがあろうか。
夜中に喚いていると隣人は何回も何回も壁を叩くし、高志の遺した煙草や整髪料といった品々は、わたしを使嗾しているようにみえた。
――さあ、早く予定通りの決着をつけよう、ほら、早く、と。
高志ならどうするだろうか。高志は今、なにを望むだろうか。祈りも忘れたわたしは瞑目し、ただただ無へ近づこうとする。
「なんでそんなに優しいのよ、あなたは」
馬鹿。約束したじゃないか。