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017 鐡馬

一七 鐡馬


「聖子。おい、風邪ひくぞ」

 がばっと頭を上げると吉川の顔があった。「ごめん、ヨッシー、髪切ったんだね」

 かの女は頬笑んで、「まあ、それは間違いではないけど、正解でもないぞ。いま何時か知ってる? 九時だよ、九時。夜の。帰ろう。送るから」とわたしの頭をまたぽんぽん、と撫でる。

 ほかの団員もあらかたが帰っている。わたしたちもコートを着込み、スヌードを巻き付け、手袋をつけて外へ出た。

 吉川が途中で立ち止まる。「いかんな。ちょっと降ってきた。雪になったら困るな。聖子、走るぞ」と、駐輪場までの数十メートル、吉川は軽快にブーツを鳴らす。わたしはそんな気力もなく、先に行って手招きする吉川へ心ばかり急いで歩く。虫の声もなく、宵闇には救急車や消防車のサイレンばかりであることが十二月を色濃く印象付けた。

「ああ、寒い。頭が寒い。だからあたしは夏がいいんだよ。なんで髪なんか――あ、いや、ほれ、メット」と吉川がハーフヘルメットを投げてよこす。「おお、メットが冷たい。さっさと帰ろう。飛ばすよ。できれば落っこちないでね、あたしのショウちゃん」と、自分のヘルメットの顎紐を留める。ギアをニュートラルにしてエンジンを思い切り吹け上がらせた(わたしはワンテンポ遅れてから顔をそむける)。「ははっ、ホンダはスクーターでもこの音だよ、この音。ロマン派の頃にこいつがあったらさ、音楽史、変わってたよ」とヘルメットの奥でにやりと笑う。


 こんな風によく吉川に乗せてもらっていた。

 わたしが大講堂にも行けず、いよいよ引きこもりになるとわたしのアパートにバイクを着け、電話で「聖子、来たよ。走ろうよ」としばしば誘ってくれた。十二月にさしたる装備もなくバイクで走ると、ほんの一時だが、寒風に耐えることで頭がいっぱいになり、ある程度気がまぎれた。

「ねえ、ヨッシー?」

「なにー? 聞こえないー!」

「わたし、ヨッシーとなら事故ってもいいなって思って」

「あー? ドアホー!」

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