第六章 その7
六畳二間の決して広いとは言えない空間には悲壮な空気が漂っている。まだ僅か十五歳の彼は苦悶の表情のまま頭を抱えていた。
「オレは……悪魔だ……」
石油ストーブの燃える音だけが静寂の中に響いている。朝妃はかける言葉が見つからなかった。朝妃の記憶の中にはいつも優しくて、誰よりも人思いで明るく笑う柊慈がいた。その事実に嘘偽りはない。
十五歳の少年の抱えていた重い重い荷物。それはまるで、土石流のように人を呑み込み、悪魔へと変えてしまうもの。
「ちょっと待って」
突然の声に一同が驚いた。気が付くと、離れの入口のところにフードをかぶった女の人が立っていた。
「……もしかして…………結花さん⁉」
フードで顔はあまり見えないが、体型や雰囲気からなんとなく朝妃には分かった。
「柊慈は悪くない。私が指示を出したの。私が宇都宮春樹を殺すように彼に指示を出したの」
そう言いながら女がフードをゆっくりとると、朝妃のよく知る結花の顔があらわになった。目鼻立ちは相変わらず整っているが、頬に黒くて丸いアザのようなものが幾つかついている。
「姉ちゃん……」
柊慈も突然現れた自分の姉に驚きを隠せない様子だ。
「君は……団野結花さん?」
笹本はそう尋ねたが、羽鳥は結花の顔を知っている。学年は羽鳥より三つ下で、朝妃や柊慈と同じく結花とも一緒に遊んだ記憶がある。
「結花ちゃん……」
「裕兄ちゃん。悪いのは私」
久しぶりに会った結花に戸惑う羽鳥。
「失礼だが、君が指示を出したという証拠は?」
いかなる時も冷静な笹本が問う。
「証拠なんてない。でも私が殺してってお願いしたの。私と同じ苦しみを与えて欲しいって」
そう言って、結花はパーカーの袖をまくった。すると、頬についているのと同じ、丸い形の黒ずんだアザが幾重にも折り重なっている。
「それは……」
「煙草の火だね」
羽鳥の言葉を遮るように笹本が言う。
「そう、私は自分の苦しみから逃れるために、たまにこの家から抜け出して煙草を買いに行って、公園で吸っていたの。でも、引き籠りで学校も行かないでこんなところで何やっているんだろうって。自分がみじめでどうしようもなくて気が付いたらこんなことに」
朝妃は言葉を失った。黒ずんだアザはすべて火傷だというのか。
「熱かった。とても熱かったけど辞められなくて……。弱虫な自分が許せなくて、こんな自分なんて燃えてしまえばいいんだって……そんな気持ちでやっていた。だからあいつも私と同じ苦しみを味わえばいい。炎に包まれて全身火傷で亡くなればいいって」
結花の綺麗な黒い瞳から次々と涙があふれる。
「だから……柊慈は私に言われて……」
「もういいよ姉ちゃん」
柊慈が立ち上がって歩き出す。
「もう苦しまないでよ。もう……十分苦しんだだろ。悪いのはオレだよ。姉ちゃんは何も悪くない。全部オレが勝手にやったことだ」
そう言って、柊慈が結花を抱き寄せた。
窓の外ではしんしんと細雪が降り続いていた。