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第六章 その4

第六章 その4


「今日はいい天気ですね」


 ハンドルを握る羽鳥はいつもより視界のいい山道を軽快に走っていた。


「晴れだからってあんまりスピード出すなよ。慎重に頼むよ」

「わかりました」


 羽鳥と笹本はある人物の家に向かっていた。


「今日こそ犯人を特定できますかね」


 羽鳥の質問に笹本は低い声で「うーむ」と答える。


「あくまで可能性があるというだけだ」


 その可能性が何パーセントなのか気になる羽鳥だが、余計なことは言わずにアクセルを踏む。


 日曜日の町はいつも通りがらんどうとしており、玄関の前の雪かきをしている人がたまにいる程度だ。こんな小さな町で起こった奇怪な事件は解決するのか。羽鳥は隣でだまりこむ笹本の顔をチラリと覗き込み、再び目線を前にやる。

 町に二つだけある信号にさしかかると、赤だった。横断歩道をおじいさんとおばあさんがゆっくりと横断するのを待ち、再びアクセルを踏み込んだ羽鳥は右に曲がり坂を上っていく。すると羽鳥のスマホが鳴り始めた。


「すみません笹本さんとって頂けますか?」

「ああ」


 運転中の羽鳥に代わり、笹本がスマホに出る。


「どなたですか?」


 羽鳥の質問に笹本は答えない。



 電話をポケットにしまった朝妃は再び深呼吸をする。冷たい空気が肺を満たし、気持ちが引き締まる。陽光が雪に反射してまぶしい。高台から一帯を見下ろすと、そこには朝妃が育った大切な町がいつも通りあった。震える手でインターホンを押すと、聞きなれた声で応答があった。


「はい」

「あ、榎本です」

「ああ、朝妃ちゃん。ちょっと待ってね。柊慈さっき起きたところだから」

「朝早くにすみません」


 しばらくすると、上下スウェット姿の柊慈が玄関にやって来た。


「早いな」

「ごめん。昨日遅くまで菜子のそばにいてくれたんだよね」

「まぁいいよ。あがれよ」

「あ、できれば離れで話したい」

「わかった。準備するし離れで待っといて。暖房勝手につけていいから」


 朝妃は玄関から出て何度も訪れた離れの扉を開ける。ひんやりとした空気の中に古い木材の匂いだろうか独特の香りが漂い、黄色くなった畳にいつものように漫画やゲームが置かれている。

 石油ストーブのスイッチを押して、朝妃は目を閉じて正座をしていた。


「お待たせ。何? 瞑想めいそうでもしてんの?」


 朝妃がゆっくり目を開けると、そこにはいつもの柊慈がいた。紫のパーカーに黒いズボン。綺麗な二重瞼と高い鼻。あまり意識したことがないが、柊慈は割と綺麗な顔をしている。


「柊慈ってイケメンだったんだ」

「は?」


 朝妃の突然の発言に虚を突かれた柊慈はストーブの前に座る。


「何をいまさら」

「そうだよね」


 朝妃がクスっと笑うと柊慈も笑った。


「あのね……」

「何? 深刻な顔してるな」

「うん、深刻な話をしようと思って」

「どうした?」


 朝妃は再び目を閉じて、一度新呼吸をした。


「あのね、私、犯人が誰か分かってしまったかもしれない」

「ほう……」


 柊慈が息を止めたのが朝妃にも分かった。


「あのね、山口先生の車が燃やされたよね」

「うん」

「あの車……タイヤ痕を見る限りスリップしているんだよね」

「うん」


 柊慈は無表情のまま頷く。


「スノータイヤを装着しているのにどうしてあんなスリップをしたんだろうって」

「うん……で、朝妃はどう考えた訳?」


 何も知らない子犬のように顔を覗き込む柊慈。朝妃はそんな彼から思わず目線を逸らした。


「スノータイヤをスノータイヤでなくしたんじゃないかって」

「ん?」


 予想外の答えに柊慈は呑み込めないといった表情をしている。


「どういう意味だ? スノータイヤから普通のタイヤに変えたってことか」

「そう、ジャッキとか工具とか何も使わずに」

「え、そんなの不可能だろう」

「割と身近なものを使用したんじゃないかな。例えばボンドとか」

「ボンド?」


 柊慈が眉間に皺を寄せる。


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