第六章 その3
朝妃は夢を見ていた。小学三年の秋の遠足で隣町の大きな公園へ行った時のこと。なぜか遠足なのに先生や他の生徒はおらず、六人だけが遊んでいる。柊慈と愛奈未がひょいひょいと木に登る。翠も二人を追いかけて登っていく。菜子も後に続こうとするが、まだ一メートルものぼれていない。花蓮はそんなクラスメイトを心配そうに見つめている。
あれ、朝妃は自分がいないことに気付く。でもここには六人いる。もう一人は誰? あれは……おさげ頭でセーラー服を着た女の人。あれは結花だと朝妃は気付く。
その表情は晴れやかで、楽しそうな子どもたちをニコニコしながら見つめている。しかし何が起こったのか四人がのぼる木が突然メラメラと燃え始める。
頂上にいる二人は慌てて飛び降りる。続いて翠も飛び降りる。でも菜子は飛び降りることができない
「助けて」と泣き叫ぶ菜子。菜子に気をとられているといつの間にか花蓮がいないことに気付く。
花蓮がおらず、菜子が逃げ遅れているのに全く気付かない様子の柊慈、愛奈未、翠。
「菜子が助けを求めているよ!」「花蓮がいないよ!」と叫ぼうとする朝妃だが、声が出ない。私はどこにいるの? ねぇ誰か私に気が付いて! ねぇ……すると辺り一面銀世界の空間に突然飛ばされる。そこには誰もおらず朝妃は一人でポツンと立っていた。ここは……。
ぼんやりと視界が開けていく。日差しがまぶしい。日差し……?
朝妃は自分が泣いていることに気付いた。いつもの自分の部屋だ。ベッドの脇に置かれた目覚まし時計は七時半をさしている。夢だったんだ。
あの遠足の日。確かみんなで木登りをしたのは覚えている。あれは確か……。
その瞬間忘れていた記憶がよみがえり、朝妃の頭の中ですべての線が一本につながる。
「嘘……」
自分でも信じられなかった。朝妃は呆然とただ自分の手のひらを見つめる。
「朝妃、起きているなら朝ご飯食べてちょうだい」
朋子の声で我に返る。今日は日曜日だ。枕元のスマホには柊慈からのメッセージが届いていた。
『菜子が目を覚ました。無事だ』
ベッドから起き上がり、顔を洗って歯を磨く。服を着替えていつも通り榎本家のダイニングで朝食をとる。白米、味噌汁、海苔、焼き魚。黙々と食べる朝妃を不思議そうな顔で見ている悠妃。
「お姉ちゃん、今日全くしゃべらないね」
「え、ああ……ちょっと寝不足で」
「そっか。色々大変だったもんね」
朝妃は茶碗に残った白米をお箸でつかむ。
「今日はもっと大変なことになるかもしれない」
「え?」
朝妃の声が小さくて悠妃は聞き取れなかったようだ。ご飯を食べ終わった朝妃は目を閉じて深呼吸をする。久しぶりに空には太陽が輝き、銀世界を照らしている。
「ちょっと出かけてくるね」
「え、うん。気をつけてね」
朝妃はいつものダウンコートを着こみ、手袋をはめてマフラーを巻き、ブーツを履いて外に出た。