第六章 その2
夜の十時を超えた頃、菜子はゆっくりと目を覚ました。
「菜子!」
ベッドの隣に座っていた菜子の母親が娘の瞼が開いたことに気付く。
「菜子、菜子大丈夫か⁉」
聡一も声をかける。
「お……父さん、お母さん」
菜子はぼんやりしている。
「えっと……ここは」
「病院よ。あなた、キャンプ場の河原で倒れていたのよ」
母親にそう言われて、ぼんやりと記憶がよみがえる。菜子は山口が殺されたあの日、ゆき婆から預かった薬をたまたまポケットに入れたままにしていた。
「薬をついつい飲み忘れるのよ。菜子ちゃん今度薬を入れる何かを買ってくれないかい?」
「わかった。昨日は間違って二つ飲んじゃったから、私が預かっておくね。明日また持っていくから」
次の日、結局菜子は花蓮が亡くなった旨を知り、そこから家に引き籠っていたのでゆき婆は薬を飲めていない。薬を渡しに行かなきゃ。薬のケースも頼まれているから買わなきゃ。と思う菜子だったが、どうしても布団から起き上がれずにいた。最悪だ。
菜子はすべてを思い出して急に泣き出した。
「わ、わたし……」
涙が次々に溢れて、病院の布団を濡らしていく。
「菜子、いまは何も考えなくていいからゆっくり休んで」
母親が菜子を抱きしめた。菜子の泣きじゃくる声が聞こえて、廊下でうとうとしていた柊慈は立ち上がった。入っていいものか。自分に何ができるのかと戸惑ったが、ゆっくり深呼吸をしてドアをノックした。
「はい」
「失礼します」
「柊慈くん、菜子が目を覚ましたよ」
母親の腕の中でわんわん泣いている菜子の様子を見て
「しばらくしたらもう一度来ます」
と言って、ドアを閉め、再び廊下に出た。
十分ほど廊下の窓からぼんやり夜空を眺めていたら、ドアが開いて聡一が顔を出した。
「柊慈くん、菜子が君と話したいって」
そう言い、聡一と母親が気を遣って廊下に出た。
「失礼します」
再び、病室に入った柊慈。菜子はベッドの上で涙を溜めた目を柊慈に寄せる。
「柊慈……」
「よっ」
柊慈が軽く左手をあげた。
「ごめんね、心配かけて……」
「全然、大丈夫」
菜子の潤んだ瞳を直視できない柊慈は、病室の素朴な色のカーテンに視線をやる。
「朝妃と愛奈未が私を見つけてくれたんだって」
「おう、ついでに翠も探してたぞ。悪いオレは試験の日だったから」
「うん……ごめんね疲れているのに」
「もう謝るなって」
柊慈はベッドの脇に置かれた丸椅子に腰かける。
「……死のうとしたのか?」
「え?」
「死にたかったのか?」
「……わかんない。何もかもわからなくなって、目の前が真っ暗になって……」
「うん、そっか……」
しばし、室内に沈黙の時間が流れる。どこからともなく救急車の音が近づいてくる。
「死ぬなよ」
菜子の目に溜まった涙が流れ落ちる。
「柊慈、私のこと恨んでいる?」
菜子の質問に柊慈は菜子の目をじっと見つめる。
「どうして」
「だって花蓮は私のせいで……」
「菜子のせいじゃないよ」
「でも、柊慈は花蓮が好きだったよね」
「……ああ」
救急車の音がストップすると再び静寂に包まれる。
「でも菜子のせいじゃない」
「でも」
「菜子のせいじゃない。オレのせいだ」
「えっ……」
「いまは話せない。だけど菜子は何も悪くないよ。ほんのちょっとタイミングが悪かっただけ」
柊慈の優しい眼差しの奥に何か別の人格を垣間見たような気がした菜子。
「私、花蓮が羨ましかった。綺麗でスタイルもよくて髪の毛もさらさらで……」
柊慈はどうしていいかわからず、菜子の手を握った。
「ごめんな、気持ちにこたえられなくて」
「……柊慈、私まだ告白してないよ」
思わずぷっと笑う柊慈。それを見て菜子も笑う。
「笑ってくれた。菜子はわかりやすいからなぁ」
「ずっとわかってたの?」
「……うん」
菜子は思わず赤面する。
「悪いけどオレ、帰るわ。もう大丈夫か?」
「あ、そうだね。今日試験だったんだよね。ごめんね」
「だから謝るなって。もう絶対こんなことすんなよ」
菜子は頬に流れる涙をぬぐう。柊慈は菜子の両親と交代し、タクシーを呼んだ。