第五章 その5
「あ、愛奈未。そっちはどう?」
朝妃はスマホを耳にあてながら歩いていた。
「ダメだ全然見つからない」
「どこ行ったかなぁ」
「翠から連絡は?」
「いまのところない」
雪がやんで、やれやれといった具合に人々は除雪作業を始めていた。玄関前の雪かきや屋根の雪下ろしを始める人々を横目に朝妃はひたすら歩く。
「朝妃はキャンプ場へ向かっているんだよね? 大丈夫、そっちの方はかなり雪深いでしょ⁉」
「うん、すごく歩きにくい。でもきっと人気がないところにいそうな気がするの。ほら、私たちいま町の人から嫌われてしまっているじゃない」
キャンプ場は町の外れにある。夏の間は県外からも人が訪れて賑わうが、雪深い冬の間は全く人気がない。
「確かにそうかも。私もいま、あんまり町の人に会いたくない気分だから」
「でしょ」
「でも徒歩じゃきついんじゃない?」
「うん、辿り着くのは夕方になるかも……」
「私もそっちに向かうよ。お母さんに話して車出してもらう」
「えっ、ほんと?」
「うん、いまどのあたり?」
「久子さんの家の近く」
「オッケー。寒い中悪いけどちょっと待ってて」
そう言って電話が切れた。お腹と背中。さらに足の裏にカイロを貼っているが、それでも寒さで手の先や耳がジンジン痛む。スマホを取り出して時間を確認すると三時四十五分だった。何としても日の入りまでに菜子を見つけだしたい。
朝妃がじっと立っていると、一台のマイクロバスが朝妃の近くで停車し、久子さんの孫にあたる小学一年の
「朝妃お姉ちゃん?」
スキーウェアに身を包んだ優菜が不思議そうな顔をする。するとバスの窓が開いて貫太が顔を出した。
「貫太ちゃん」
「朝妃姉ちゃん、こんなところでどうしたの?」
貫太をはじめ、小学生たちがマイクロバスに乗っていた。
「あら榎本さん。こんにちは」
バスの出入り口から小学校の教頭の
「こんにちは。今日はもしかしてスキー実習ですか?」
「ええ。今日みたいな大雪の日に当たってしまって、午前中は諦めて午後から出発したのよ」
朝妃の通っていた里峰小学校では、年に二回のスキー実習がある。
この町で広大な土地を所有している地主の一人が子どもたちのために山を切り開いて小さなスキー場を作った。毎年実習はそこで行われ、朝妃は小学生の時に計十二回、実習を行った。
「あ、朝妃姉ちゃん!」
貫太の隣の窓が開いて、今度は愛奈未の妹の
「ああ、友加里ちゃん」
「ねえ聞いて、私すっごくスキーうまくなったんだよ!」
友加里は愛奈未そっくりの顔をした小学三年生だ。
「僕はスキーあんまりうまくできないや」
隣の貫太がそう呟くと、後ろから更に二年の男の子が顔を出した。
「貫太は途中からソリだったもんな」
スキー実習では、低学年の一年、二年の子はソリに乗ることもできる。が、ソリばかり乗っていると、スキーが上手な子にからかわれたりする。
「こら、あなたたち、窓から顔を出さないって約束でしょ!」
時任が子供たちを叱る。
「ごめんなさい。じゃあまたね」
バスのドアが閉まり、去って行く。朝妃はいっそのことスキーで移動した方が早く移動できたのに、と考えた。この雪で一歩一歩進むのにかなりの時間を要してしまった。とはいっても家にあるスキー板は小学生用のものでもう小さいだろうし、スキー靴もサイズが二十一センチである。朝妃は小学生の頃のスキー実習を思い出す。
運動神経の良い柊慈と愛奈未がスイスイ滑るのに対し、菜子が何度も転倒して、鼻が真っ赤になって泣いていた。朝妃はゆっくりと慎重に滑り、花蓮は慣れないスキーに戸惑っていた。翠はどうしていたっけな? 思い出すと思わず顔がほころんでしまう。
「菜子……どこかで泣いてないかな」
考え事をしていると、一台の乗用車がやって来た。
「ごめん、朝妃お待たせ!」
後部座席の窓から愛奈未が顔を出した。
「すみません失礼します」
そう言って朝妃は車に乗りこんだ。
「菜子ちゃん心配ね」
愛奈未の母は愛奈未と顔も体型もそっくりだ。
「おばさん、今回の件で色々巻き込んでしまって申し訳ないです」
朝妃が謝ると愛奈未の母は
「そんなの気にしなくていいわよ。とにかくいまは菜子ちゃんを探しましょう」
と車を走らせた。