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第五章 その2

第五章 その2


 朝妃はスマホに「松脂」と打ち込んで検索をかける。するとハンドボール用の松脂のネット通販サイトが幾つか表示された。画面をスクロールすると、松脂についての専門知識が表示される。ハンドボールだけではなく、ありとあらゆる球技で滑り止めに利用されるようだ。またバイオリンやチェロなどの弦楽器の弓に塗るためのものも販売されている。


 これか……。こんなものを一体誰が……。その時だった。スマホが鳴り始め、ディスプレイに「陸山翠」と表示される。


「はい」

「ああ、ごめん起きてた?」

「うん、大丈夫」

「ちょっと気になってさ」

「え、うん何が?」

「今日、朝妃が何か言いたそうな顔をしていた気がして」


 朝妃は一瞬無言になってしまう。柊慈といい翠といい自分のクラスの男子はどうしてこう周りをよく見ているのだろう。柊慈は普段はおちゃらけているが、いざという時にはリーダーシップを発揮するタイプだ。それに比べて翠はそっと支えてくれているような。縁の下の力持ちというタイプである。


 その時朝妃はふと、翠の妹、葵のことを思い出した。いつも可愛い洋服を身にまとったふわふわとした花のように可憐な女の子で、朝妃はいつも葵と会うたびにその可愛さにキュンとしていた。葵が亡くなった後の翠の落ち込み方は本当に酷くて、かける言葉が見つからなかった。柊慈も翠も苦しい思いをしたからこそ、人の心の痛みがわかるのかもしれない。


「翠はすごいね。何でも分かってしまうんだね」

「うん……朝妃のことはよく見てるよ」


 何だか告白されたような気分で恥ずかしくなってしまった朝妃だが、翠に例のことを話すかどうかは迷うところであった。


「ごめん、気持ちは嬉しいけど話せない」

「それはオレが頼りないから?」

「ううん、そんなんじゃないんだけど……」

「オレの勘で間違っていたら悪いんだけど、朝妃、あの事件を解決しようとしていない?」


 当たっている。と心の中で呟く。


「朝妃はさ……なんていうか、一人で抱え込んでしまうタイプだから、もっと愛奈未や菜子みたいに何でも話してくれたらいいんだけど」


 思わず涙が出そうになった。自分のことを見てくれている人がいる。こんな素敵なクラスメイトと出会えたことは幸せだと朝妃は思う。


「え……もしかして泣いている?」

「うん……感動してるの」


 朝妃の頬を一粒の涙がつたう。


「オレもさ、言ってなかったことがあるんだ」

「何……?」

「まぁ大したことじゃないんだけどさ、菜子がさ、山口先生が亡くなる数日前に一人で焚火をしていたんだ」

「えっ、焚火?」

「うん、近道をしようと思ってあぜ道を歩いていたら、煙の臭いがして……。菜子ん家の方角だったから、まさか火事じゃないだろうなと家の方に行ってみたら、田んぼにぽつんと一人で立っていてさ。何やっているんだろうと思ったら、一斗缶に何か入れて燃やしていたんだ」

「燃やし……」

「話しかけようかと思ったけど、なんかすごく悲しそうな顔してたから、立ち去った」

「そうだったんだ……」

「別に全然大したことじゃないのかもしれないけどな。ただゴミを燃やしていたとかそんなんかもしれない」


 翠は気付いている。私たちの中にもしかしたら犯人がいるかもしれないということに。


「菜子、いつになったら学校に来てくれるんだろな」

「うん……私も心配。何回か電話したんだけど」

「オレも五回はかけたけど、出ないなあいつ」

「もう一度家に行ってみる?」

「うーん、それも考えたんだが、いまはそっとしておいてほしいのかなって」


 菜子が感じている責任は時間が経てば軽くなるなんてことはない。だけど、心の整理をしているのかもしれない。と朝妃が話すと翠はそうだな。と小さく答えた。


「朝妃」

「ん?」

「オレたち……何があっても仲間だから」


 翠は気付いている。もしかしたら私たちの中に犯人がいるのではないかということに気付いている。


「うん……」


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