第四章 その2
巻き込まれただけと自分の父は言ってくれたが朝妃はそうは思えなかった。例え花蓮が自殺でなくて他殺だったとしても、死ぬ瞬間まで彼女は「裏切られた」と思っていたはずだ。この数日間、倦怠感のひどい朝妃はいつもよりゆっくりとしたペースで歩く。
この日から学校が再開された。三年の教室の木下花蓮の机の上には菊の花が刺された花瓶が置かれていた。さらに教壇の上にも同じものが。しめやかな教室内とは裏腹に、正門前にはカメラマンやアナウンサーといったマスコミが詰めかけて、ザワザワしていた。戸籍のない人物が教師をしていたという今朝の報道を世間の人が注目するのは間違いない。
三年の教室の四人は皆、暗い顔をしていた。始業のチャイムが鳴っても菜子は現れない。
教室の扉が開いて、教務の井上が教壇に立つ。
「あー、ごほん。皆さんご存知かと思いますが、山口先生は現在行方がわからない状態です。今日から、このクラスの担任は代理で私が受け持ちます」
元々細身で存在感のない井上は、この数日の騒動であまり眠れていないのか、頬がこけて目の下がくぼみ、より貧相な顔立ちになっていた。
「あと……。これも皆さんご存知かと思いますが、このクラスの木下花蓮さんが三月十七日にお亡くなりになりました。皆さん、大変なことが続いておりますが、どうか気を落とさずに、残り少ない学生生活を充実したものにして欲しいです」
言い終わると井上は静かにクラス中を見回した。朝妃も同じく、全員の顔をチラリと覗く。頬杖をついて、じっとしている柊慈、俯いたままの愛奈未、窓の外をぼんやり見ている翠、そしていつも賑やかな菜子はいない。
残り少ない学生生活を充実したものに。などと言われても、この状況でどう充実したものにしたらよいのだろうか。
担任の先生を失い、さらに翌日クラスメイトを亡くした自分たちは一体どんな気持ちで卒業式を迎えればよいのか。いまの朝妃には全く見当がつかなかった。
「菜子に連絡ついた?」
愛奈未の質問に残りの三人全員が首を横に振った。
朝妃は、落ち込んでいるであろう菜子に何度か電話をかけたが、留守番電話サービスに繋がるばかりであった。
「ダメだ。全然出てくれない」
たったいま、菜子に電話をかけた柊慈が、留守番電話サービスの無機質な声を聞いて大きなため息をつく。
「オレも三回電話した。菜子の家にも電話して、母ちゃんに菜子いますか? って尋ねたけど、部屋に引き籠って出てこないのよって返事だったぞ」
翠はこの日、珍しく髪をおろしていた。いつもはワックスで髪を遊ばせているのだが、髪を整える気力がなかったのだろうか。
「今度は菜子が自殺しちゃったらどうしよう……」
愛奈未の目にみるみる涙が溜まっていく。
「縁起でもないこと言うなよ!」
柊慈が怒る。
朝妃は「違う、花蓮は自殺じゃない」と言いたかった。しかし、他殺だと言ってしまうと、じゃあ仲間外れにされていた旨の遺書を残していたことで、犯人はこの中の誰かだという可能性が出てくる。
言えない。朝妃は喉元まで出かかっていた声を呑み込んだ。
「今日の帰り、菜子のところに寄るか?」
柊慈がそう提案する。
「行っても出てきてくれるかな」
「どうだろうな」
「ダメ元で行ってみようぜ」
翠の言葉に他の面々が頷く。