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第四章 その1

第四章 その1


「●●町立里峰中学校の教諭、山口邦彦を名乗る男は偽名で戸籍上存在しないとの事実が発覚しました」


 アナウンサーの声に、榎本家の一同は大きな衝撃を受けた。


「山口先生が……」

「戸籍上存在しない⁉」


 ダイニングの椅子に座っている朝妃の父、陽一よういちは思わず口に含んだコーヒーを吐き出しそうになった。


「どういうこと……」


 悠妃が箸でつかんでいた朝ごはんのウインナーを落とすと、机の上をウインナーがコロコロ転がる。

 キッチンで、洗い物をしていた朋子も思わず手を止める。


「何だか混乱してきたわ」

「そうだな。えっと、山口先生の行方がいまわからない状態で、車内から発見された遺体が山口先生ではないかと現在調べている途中なんだよな。でもその男が山口先生ではなくて……うーん。確かに訳がわからん」


 陽一はこの町の郵便局で働いている。一昨日の花蓮の通夜に陽一も参列しようと出向いたのだが、千夏にあっさりと断られ、罵倒の言葉の数々を浴びることとなった。


 通夜会場を後にした陽一が駐車場に停めた車に乗り込もうとすると、木下家の前で土下座をしている娘とクラスメイトの姿を目撃した。

 木下花蓮の自殺が自分の娘のせいだなんて信じがたい陽一だが、この二日間、いつものように郵便配達をしていても、町の人の態度が一変している。


「お宅の娘さん、一体どんな教育をなさったんですか」

「どうやって責任をとるつもりですか」


 などの言葉をかけられるたび、陽一は頭を下げるしかなかった。同じく朋子も、パート社員として介護施設で働いているが、しばらく休んでくださいと所長に言われて、仕事を休んでいる。


「お父さんもお母さんも悠妃もごめんね。私のせいで……」


 朝妃は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「大丈夫だよ。だって話を聞いている限り、お姉ちゃんは何も悪いことをしていないじゃん」


 悠妃が転がったウインナーを拾って、口に放り込んだ。


「そうだよな。朝妃はただ巻き込まれただけだ」


 陽一は朝妃を責めるようなことは一切言わない。


「そうよ朝妃。町の人から何か悪いことを言われたらお母さんに言ってちょうだい。ぶん殴ってやるから」


 朋子が果物ナイフを持ったまま、肩をぐるぐる回すものだから洒落にならない。


「いや、ぶん殴るのはちょっと……」

「そうだよ朋子。そんなことをしたら余計に朝妃の立場が悪くなる。いまはほとぼりが冷めるまでそっとしておこう」


 町の人から嫌われようが、今日も自分は郵便物をいつものように配達しなければならない。朝食の味噌汁を流し込んで、陽一は席を立った。


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